「紅凪!」 「ハチ…か。なあ、どうしたんだ?さっきは三郎も」 「は?どうって…え?」 眉間に皺をよせ、首を傾げた紅槻。竹谷の方を見やる目線はどことなく不自然で、それに気付いたのか黒木が言った。 「紅槻紅凪先輩」 「……誰」 「一年は組の黒木庄左ヱ門です」 「覚えた。なんだ?」 「あの、失礼ですが……、目、見えないんですか?」 一瞬目を見開いて、やっぱり分かるかとバツが悪そうに頬を掻いた。 「ああ、まあ、実は」 「なら、え?どうして歩いて来れて、……おれって分かってるし」 「うん、まあ声とか、音とか、諸々。不自由はしな……いや…するな。文字が読めない」 「それじゃあおれたちの文は……」 「三郎に音読してもらっていたから大丈夫だ。壱之姫を寄越すたびに、わざわざありがとう」 「いや、別に……それはいいんだ。でも大丈夫なのか?抜け出して」 「先生に見つかったら確実に怒られるな。木下先生だったら別に馴れすぎてあんまり恐くないが」 「そういう問題じゃないだろ!?」 「戻らなくていいんですか?」 「暇すぎてウズウズしていたんだ。この通り、もうずっと回復したし。これくらい罰は当たらないだろう?」 「おれに訊くな」 けらけらと笑う紅槻は心底嬉しそうに言った。 「ようやく帰って来たのに、ハチや兵助や雷蔵からの手紙と鉢屋が会いに来てくれることにしか楽しみが無かったんだ。ようやくハチに逢えて嬉しいよ」 「……おう」 照れ臭そうに頭を掻いた竹谷に、ふと眉をひそめて、紅槻は呟くように言った。 「鉢屋はさっき私に何を言おうとしたんだろう?」 「……さあ」 思わず、目を反らした竹谷だった。 「そういえば、先輩」 「?」 「鉢屋先輩だけ苗字呼びですよね。何でですか?」 「……さあ」 どことなく、照れ臭そうに見えるのは気のせいだろうか、とか。 「じゃあ、紅槻先輩」 「何だ?」 「先輩は、鉢屋先輩のこと好きですか?」 「ああ、嫌いじゃないな」 「でもきっと、鉢屋先輩は先輩のこと好きですよ」 「それは嬉しい限りだ」 眉尻を下げて微笑む、その笑顔が以前よりずっと柔らかいのは、きっと鉢屋のお陰なのだろう。 竹谷の心のどこかが呟いた。 「でも私に男色の気は無いからな」 「……ホントかよ」 「ははあ、さてはまだ根に持っているな?」 「何かあったんですか?」 にっこり笑って、少しの惜しげもなく言う。 「以前女装したハチは私に惚れたんだよ」 「言うなああ!」 「え、ホントなんですかそれ」 「さあ?」 「……」 [*] | [#] |