襖が叩きつけられるように勢いよく開いて、部屋の中へ入って来た鉢屋はばったりうつ伏せに倒れた。 「どうしたの、そんなに慌てて」 「雷蔵……私はもうダメだ…生きていけない」 「そんな涙目にならなくても」 全力で走って来たかのように、鉢屋の息は随分上がっているように見えた。机の上の本をぱたりと閉じて、不破は鉢屋の顔を覗き込むと、一言。 「紅凪に袖にされたの?」 「なっ……はあっ!?」 鉢屋ががばっと起き上がったお陰で、危うく頭をぶつけるところだった。 「違うなら良いじゃない、どうしたの?」 「あのなあ、言っとくが私に男色の気は無いぞ」 「知ってるよ、紅凪が女の子なんでしょ?」 いっそ口から胃の腑が飛び出るかと思った。 ――何なんだ今日は。こいつら私をビックリさせたい日なのか?それとも何の嫌がらせだコレ。 ますます頭の中が引っかき回されて、もう何だか眩暈がする。 「何で知ってんだよ」 「そんな気がしてたし、それに今三郎、男色の気は無いって言ったでしょ?」 「……」 眉間に皺を寄せて、少し声の調子を落として言った。 「それじゃあ私が紅槻のことを慕ってるのが大前提じゃないか」 「違うの?」 不破はさらりと、真顔でそう返した。鉢屋からはもう、ぐうの音も出ない。耳まで赤くなるばかりである。 「好きなんでしょ?紅凪のこと」 「……」 ぽつりと、落とした。 「好きだよ」 不破は面白そうに微笑んだ。 「珍しいよね」 「は?」 「三郎がそうして、赤くなる位人を好きになるなんて」 「いや、好きというか何というか……」 喪いたくない、それだけだった。 独占欲とか、そういうものが無いわけじゃないけれど。 火照る頬を隠すかのように、自分の膝に顔をうずめた。 「だけど、私たちは忍だ」 そう呟いたのは、くぐもった声で。 「……」 現実を考えて、こんな気持ち。 気付かなければ、とか。 好きだとか、思わないで、 ずっとこのままで、 居られたら、 なんて。 「それは……逃げ?」 「……」 「三郎のしてることはいままで紅凪のしてきたことと同じなんじゃないの?」 「……かもな」 でも本心は、この気持ちを、抑えたくなくて。 再びばったりと畳に背中を預けて、天井を眺めた。 天井の滲みは、声に聞こえないお喋りで様々な模様を作っていた。 顔を上げて、再び本を読み始めた不破を見やる。 「なあ、どうしよう?」 「僕に訊いてもしょうがないでしょ」 [*] | [#] |