紅 | ナノ




「お……お邪魔しました!!」
「は?ハチ?」
「あ…おいハチ!!誤解だ!!」

誤解?何のだ、と紅槻が突っ込む間もなく、鉢屋は走り去った竹谷を追って行ってしまって、紅槻はひとりぽつんと残されてしまった。

「全く……」

(後から、先生に怒られても知らないからな)

そう心の中で呟く紅槻の顔は、至極嬉しそうな笑みを浮かべていた。つまり彼女は、ずっとこの時を待ちわびていたのである。

「善法寺先輩には悪いが」

脱走したくて、仕方が無かったらしい。
もう立てるのに、人並みに歩くことも出来るのに、目が見えないだけで閉じ込められるなんて。脱け出して何が悪いというのが彼女の性分の様だった。
その一方、鉢屋はというと。

「分かったよ、お前らそういう趣味なんだろ!?」
「違う!!」
「いくら紅槻が女顔だからって……つかやっぱり紅槻もそんな……」
「だから違う!!」

真っ赤になっている竹谷を前にして、最早聞く耳を持たないとはこのことだと頭を抱えたくなっていた。
運悪く衝立が無かったことを恨んだし、何でそもそもあんな事をしたのか、自分でもさっぱり意味不明だ。激しく自分に自己嫌悪。

「紅槻の前髪にゴミが……」
「それなら顎に手を添える必要は無いだろ!!あれはどう考えても接吻し……」
「お前えええ!!」

竹谷の頭をぶん殴って、言葉を遮る。胸ぐらを掴むと、ようやくその場の静まり返った空気に気づいて蒼くなった。それだけ、周りの視線が痛い。

「鉢屋先輩、紅槻先輩に接吻したんですか?」

下級生代表・庄左ヱ門。
鉢屋の何かがぷっつり切れた。

「は……ハチのボケ!!ああもう私は明日からどうやって生きていけばいいんだこのヤキソバ!!!」
「がっ」

竹谷を突き飛ばして五年長屋の方へ駆け出した鉢屋を眺めて、庄左ヱ門は呟いた。

「あの様子だと未遂みたいですね。相当真っ赤になってましたし」
「庄左ヱ門……相変わらず冷静だな」

竹谷が呟いた。
突き飛ばされたお陰で思い切り尻餅をついてしまった。かなり痛い。
鉢屋の走り去った方を眺めていた二人の視界の端に廊下を呑気にぽてぽてと歩いてくる紅い髪が映ったのは、これからおおよそ五秒程後のことだった。



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