紅 | ナノ




「……暇だ」

紅槻は、誰にともなく呟いた。傍らの人形は、これまでになく完璧に修繕されているし、その手元にはいくつもの絡繰りが転がっていた。
退屈は、していない。
けれどもこの上なく暇と言うに相応しい状況だった。
なんせ、面会謝絶。保健委員と、変装して入ってくる鉢屋を除く忍たまは医務室の衝立の向こうまで入って来られないし、怪我の状態も知らされていない。
そのせいで、壱之姫を作業場まで遣いにやるたびに、その袂に元気かどうかを訊ねるような、久々知やら不破やら竹谷やらから文が突っ込まれて帰ってくる。
目が見えない故に文は読めなくて残念だが、鉢屋が来ればそれを読んでくれる。その文はこの5日で既に紅槻の枕元に丘を作り始めていた。
衝立をどけて、善法寺がひょっこり顔を覗かせた。

「あ、またカラクリいじってたの?駄目じゃないか、休んでなきゃ」
「善法寺先輩……もう寝過ぎてこれ以上眠れません」
「そんな屁理屈言わない。紅凪には早く怪我を治して欲しいんだ、僕も」
「なんで……あ、いや、立花委員長ですか」

鉢屋から今回の予算会議のことを知らされて、腑の煮えくり返ったであろう立花仙蔵の様子がありありと思い浮かんだのである。善法寺がその魔王から理不尽な圧力をかけられていない訳がない。
善法寺は苦笑した様だった。

「面会が許されてるのは僕たちだけだからねぇ……。仙蔵も心配なんだよ。見舞いに来たがってたし」
「……本当ですか?」
「本当だよ」

怒りに来たがるのではないのか、雨でも降るんじゃなかろうか。そんな風に思った紅槻は、枕元の文をひとつ手に取る。竹谷からのものだった。

「でもまあ、退屈はしません」
「嬉しそうだね。手紙?」
「はい。ただ、読めなくて残念ですけど」
「視力の方はまだ、か」
「此方には多少時間がかかるやもとのことで、まあ、仕方がありません」
「きっとすぐ良くなるよ」

紅槻は自信なさげに頷いた。

「善法寺、いるか?」
「土井先生、どうしたんですか?」
「新野先生が呼んでたぞ。保健委員で薬草採集に行くそうだから、すぐに行きなさい。ここには私がいるから」
「ええ、わかりました」

足早に善法寺が去っていくと、紅槻は口を開く。

「駄目じゃないか、鉢屋。善法寺先輩追い出したら」
「そう思うんなら突っ込めよ。第一私が頼まれたのは事実だからな」

鉢屋の声はいつもの不破のものに戻っていた。

「そうか。なあ鉢屋、これ読んでくれ。今日壱之姫が持ってきてくれたんだ」
「竹谷から?まあいいけど。まだ視力はさっぱりなのか」
「目は開けられるんだが……これでは進級も出来ない」
「大丈夫さ」
「……鉢屋にそう言われると本当にそんな気がしてくるから不思議だよ」

いつものように眉尻を下げて笑うその笑顔に、鉢屋は自分でも鼓動が早くなるのを感じる。
ふとその顔を見上げて、紅槻は眉を潜めた。

「なんか最近、お前変だぞ?……いや、変なのはもとからか」
「な、私の何がどう変なんだよ」
「脈が速くなったり声が若干上擦ったり……何にそんなに動揺しているんだ。何を隠してる?」

鉢屋は溜め息をついた。彼は紅槻のその顎に手を添えて、上を向かせる。

「鉢屋?」

随分顔が近づいたところで、鉢屋が何かを囁こうと息を吸った、その時。

「紅槻ー、見舞いに来……」

ガラリと引き戸が開いたと思えば、竹谷の声。

「え?」

一瞬で、その場の空気が凍りついたかのように静まり返ったのは言うまでもない。


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