紅 | ナノ




地上は雪でも降りそうに寒い日だった。熟れに熟れた色の紅葉がひらひらと舞い落ちる。
ここの人間は寒さを感じぬらしい。障子戸は開け放たれていて、恐らく外へ出るには容易い。風に乗った音が紅凪に過ぎに過ぎた時の流れを伝えていた。

ああ、秋が終わるのか、と感じた。

壱之姫を連れ、立ち去ろうと急ぐ足、走ることは適わないがよろりとよろけることは少なくなってきた。こべりついた血の乾いていく感触にも慣れてきた頃、気配に首だけ振り返れば、何時かの子供が居るらしい。
抑揚の無い声で言う。
それでもやはり怯えているのだろうか?しかし感情を読むには足りない調子だった。


「――……亡くなりましたか」
「……」
「殺されましたか」
「……」


別の気配。
恐らくは、老い人の誰か――重々しく口を開く。嗄れた声が言った。

「それならば、紅凪様と雖も置いてはいけませぬ」
「紅槻衆より、お立ち退き願います」
「戻らぬよう願います」
「ああ……構わない」

そうは云おうとも、何故か猶予が出され、以前まで使っていた自室へ通された。食事にと、稗と粟の粥も寄越された。
とんだ親切心だと内心驚くが、彼らにしてみれば、当然といえば当然のことであった。
紅槻衆では、頭が全てだ。それがなくなり、紅凪が勘当された今、学園の危険も零に帰したと考えて十全。
彼らは仇など討とうと思わない。
思う心すら持ち合わせていないのである。
だから、心おきなく。
心底学園に帰りたいと思える。
けれど紅凪の視力は依然として回復しなかった。栄養失調か、痺れ薬の副作用か、はたまた精神的なものなのか。瞼を上げても、何も映らない。しかし一晩経てば、必要ないのだということも思い知らされて。

襦袢の紐を、するりと解く。体中が軋んだ様に思えた。応急処置にと自分の体中に巻いた包帯のお陰で、旅衣に着替えるにも一苦労だった。壱之姫の髪をとかしてやると、紅凪は歩き出した。

(……心配してるだろうか)

いや、大丈夫な筈だ。
きちんと、学園長に言付けたじゃないか。
久々知、不破、竹谷。
私を仲間に入れてくれるだろうか?
そして……鉢屋。
不破の仮面を被った、しかし暖かな、鼓動の持ち主。
彼の音をはっきりと覚えている。
不破とは微妙に違う、声の調子も。
彼に、会いたいと思った。
礼を言いたいと思った。

「帰ろう、壱之姫」

風が冷たい。もう直ぐ、夜が来る。
それから休まず歩けば、数えて五つの夜が明ける頃。

暖かいあの場所に帰ることができるだろう。



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