暗闇と月明かりの微妙な明暗が、彼を浮き上がらせていた。 脇腹には袖箭の矢が刺さったまま、動きは鈍くも凛として、歩みを止める素振りを見せない。 さらさらと、紅い髪が波打つ。 一歩間違えれば亡霊とでも言えそうなその姿に、美しさを感じたのは何故だろう。 (……紅い) そう、感じた。 彼を取り巻く、剣呑な雰囲気すらも。 その傍らの子供――否、噺に聞く人人形の、白かったであろう着物は、背後からでもよく分かるほどまで斑に染まっていた。乾ききらないそれの放つ生暖かい錆のような匂いに、鉢屋はこの忍が犯した咎をまざまざと思い知らされる。 咎、と形容するには語弊がありそうだった。 運命と、言うべきだろうか。 「よう」 「…………」 紅槻の歩みがピタリと止まって、鉢屋はその間背後に素早く寄っていく。 大凡三秒。 偶然にも、がしょん、と何かかが支えを失ったかのような音をたてて、人形も動くのを諦めた。 彼の細い躯に刺さった矢は思っていたより深く、しかしこれ以上に食い込んでいく可能性が否めない。鉢屋は面の下の顔を歪めて、手をかけ、言った。 「抜くぞ、その矢」 「頼む…………鉢屋、三郎」 驚いた。 とは言えども、日頃の行いを省みれば、自分のことを知っているのはそこまで驚く事ではない。 現在この状況下で、殆ど声すら聞いていない状態で、雷蔵でなく、自分と寸分かからずに判別した、という半ば信じられない事実に驚いたのだ。矢を一息で抜きながら、言った。 「……初対面なのに、よくわかったな」 「っ…………まあ」 ふう、長く息を吐ききれば、その痛みにも慣れたと言わんばかりの、変わり映えのない声だった。 「学園じゃ今大捜索大会だぞ」 「だろうな」 「与一は」 「想像してる通りさ」 「で、その人形が抱えてんのは?」 敢えて訊くのも、無粋だろうか。 彼は漸く振り返って、答えた。 「仇の心臓」 そこには、嘲りも皮肉も憤りも悲哀も慈しみも絶望も期待も何も感じられない、仮面の様に無表情な顔があった。 振り向いたのは恐らく、鉢屋の顔色を窺う為だろう。しかし今彼は狐面を被っていて、その下は分からなかった。 薄く寄せた眉間の皺からは、それに対する不満というよりも、彼がその面の所有者であったかも知れぬという、余りにも薄っぺらい予測が立てられただけだった。 「お前、名は」 「紅槻紅凪」 「兵助から話は聞いてるけど」 「ああ、同室だな」 「これが、人人形か」 「そこの、撥条を巻いてやってはくれないか、そうすれば、動くから」 「ああ。遠目から見たことはあったけど、こんな顔してんだな」 「まあ、ところでお前、その面……」 口の端が、つり上がる。 「悪いな、これは私のだ」 「……いい趣味だな」 「有難う。だが、まあ、くれてやらない事もない。私は気が利く男だからな」 撥条を巻き終えて、面を外す。 人形の顔に被せて、ふつふつとこぼれる笑いを、止める術すら、見つけようとも思わなかった。 [*] | [#] |