紅 | ナノ




いよいよ、紅槻が戻って来ないまま、5日が過ぎようとしていた。
鉢屋は今宵も紅槻の地下室で密書に向かっていた。
相当ひねくれた暗号のせいで、解くには骨が折れる。しかも、全てを解いて初めて内容が分かると感づいてからは、寧ろ気力の勝負といっても過言ではない状態だった。つまり、それだけ重要と見てもおかしくはない筈だ、と分かって。
しかしそれ以上に、

「……だるい」

口に出せば余計にそう思えてくるのだから、腹が立つ。
それすらも無駄な消耗だと脱力する。
くだらない演繹に、帰納を求めて、逸脱する。
ごてん、と頭を机の上に落とし、
瞼を閉じる。
暗闇。
そこから連想したのは、あの夜だった。

(女々しいな)

けれど、回想は頭の中にこべりついて剥がれそうになく。
抵抗するのは止める事にした。

事の始まりはと言えば、夏休みが明けてその日のうち、まだまだ残暑の暑さに包まれ蒸し暑く、夕立も上がって晴れた空に夕闇迫った頃だった。
部屋に竹谷がやって来ていて、下手な将棋を打って遊んでいた。もうすぐ夕食の時間だからと、いつも鉢屋と不破の部屋へやって来るはずの久々知が、あの日はかりは来なかった。
どうしたものかと、頭を傾げたその頃に、ようやくがらりと障子が開いたと思ったら、それは慌てた様子の六年は組の善法寺伊作で。

「三人とも!良かった揃っていたんだね」
「どうしたんですか、善法寺先輩。そんなに慌てて」
「久々知君が……」
「兵助が……?」

急いで医務室へ向かえば、彼の姿は痛々しく、新野先生が必死に手当てを施していた。
意識はあるらしく、必死に痛みに耐えていた。その傍らに置かれた瓦を見て、竹谷は叫んだ。

「バッカお前これ六年生の課題だろ!」
「え……そうなの?」
「気づいてなかったのかよ!」

そうツッコみたかったのは竹谷だけでは無かったが、しかし久々知の泣きそうな顔に口を噤んだ。

「安曇野と紅槻が……っ」

彼らは兵助を、学園に助けを呼びに行け、と、久々知を一人逃がしたらしい。
事の詳細までが学園長に伝わると、直ちに安曇野・紅槻大捜索大会が開かれることになったのだった。

その時が初めてだった。直接的に、紅槻紅凪に関わることになったのは。




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