紅 | ナノ




金属を剥き出しにされた、壱之姫の尖った指先が男の首を飛ばすべく突き出され、その首の皮を一枚破ったところで。

「……」

紅凪の右肩を短矢が深く射ていた。
彼女は糸を切った人形の様に膝を折って、うつ伏せに倒れる。その背後から、いつしか彼女が材猟師に引き渡した玖拾玖姫が、ゆっくりと姿を見せた。

「悪く思うな。我が衆の為だ」

すかさず背後から玖拾玖姫に踏まれ、紅凪の背骨はみしりと軋んだ。それの重量がおおよそ八十貫もあるせいで、彼女はぐうと苦しげな唸り声を漏らす。恐らく矢には、即効性の痺れ薬が塗ってあったせいだろうか、躯は一気に不自由になった。
声で支配した壱之姫の第二撃、三撃も、いとも簡単にひらりと避けられては、紅凪は諦めたかのように口を噤んだ。
その前髪を鷲掴みにして、男は彼女の上体を片手で持ち上げる。
見下して、言った。

「そうだな……――猶予を、やろう」

その鳩尾を、力強く蹴りつけ、彼は言葉を続けた。

「ひと月、己はお前を地下牢に閉じ込めよう。その間に、学園を落とす準備をするが故だ。喜べ」

拳を振り上げ、容赦なく頬を殴っては、続ける。

「そこで。その間でのお前の悔改め次第、己はその計画を断ち切ろうではないか」

繰り返し繰り返し、その体を蹴り、殴り、首をぎりぎりと締め上げて。
口の端が持ち上がり、紅凪の耳元に囁いた。

「どうだ。己は優しい男であろう?」

(どこがだ)

心の中で悪態をついて、放された紅凪はどさりと床に身を委ねた。
頭は、そのままどこかへ行ってしまった。恐らく、牢の準備を命じに行ったのだ。真意は分からぬが。
右肩の、焼けるような痛みのせいで、殆ど殴られた箇所の痛みは感じられない。それに彼はどうやら、骨を折るつもりは無かったらしく、つまり多少の容赦はあるのだろう。肩ですら損傷には大きな危険があるのに、下手に骨なぞ折ってしまっては、人形師としていよいよ使い物にならなくなってしまう。
口の中は切れて鉄の味に満ちていた。気分は最悪に等しい。
彼女は一息ついて、人形達を呼び寄せる。

外に待たせていた、弐乃助、伍乃朗が、音も起てずに入って来た。
この二体はまだ、ここの者に知られていない。
長い糸を頑強に縛り付け、彼女はそれらを操り始めた。



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