「戻ったか」 「はい、只今」 「其処へ参れ」 彼の義眼が、縦にぐるりと一回転するのが見えて、それからもう片方の瞳がじっとりと紅凪を捉えたのを無表情で見返した。義眼ではない、もう片方の瞳も黄色く曇っていて、光を捉えられないのは明瞭だった。 紅凪はこの瞬間からはもう、心を閉じようと決心し、全ての電源を落とすかの様に一度、ゆっくりと瞬いた。 「どうだ、忍術学園の生活は」 「何、変わることなぞございません」 「学友は出来たか」 「必要がないと存じております」 「それならば、話は早い」 「なんでしょう」 「己は、学園を燃してしまおうと思うている」 「そうですか」 何故かなぞ、尋ねられない。道理が、無いからだ。 沈黙が流れて、紅凪から、口を開いた。 「頭、彼処は」 「何だ」 「蓋し、攻め落とすに難い処でございます。幼子ばかりでなく、下手な忍よりはずっと優秀な生徒やら、一城の忍び頭並みの力量の教師がごまんと居ります故」 「そうか」 また、沈黙。 何故かは、問われなかった。 これは、恐らく。 思考をそこで停止させ、また、口を開く。 「頭は、」 「何だ」 「私の生い立ちを、御存知ですか」 否定されれば、それまでだ。 何故かを、訊ねられぬのだから。 しかし、 「ああ」 「しかしながら私は存じておりません。いつから、この紅槻衆に身を置いているのかすら」 「我が衆の人形師の娘が故。だからお前には――」 じろりと、また。 光を捉えない瞳が、紅凪を映す。 「心が在るはずだ」 憎々しげに呟かれたその言葉を聞いても微々たる動揺すら見当たらないのは、人形師として生きてきた意地かもしれなかった。 「其れと学園を攻め落とすに、何らかの因果関係は?」 「否めん」 「だとしたら」 せせら笑うかの様に、口の端を吊り上げて、 「学園を落とすなぞの謀略、止めた方が良い」 「……何故だ」 壱之姫が、音も起てずに立ち上がる。 「私めが、あの場を好いているが故で御座います」 その頭が、ガクンと揺れて。 人形の様に操られて。 おかっぱの髪の毛が、するりとその肩を撫ぜて。 その躯が、空を切って。 白い衣を翻して、鮮やかに宙を舞った。 [*] | [#] |