紅 | ナノ





「もし、紅槻紅凪殿は此方に居らすか?」
「ええ?はい、居ますけどぉ……」

狐の面を外して、その下の端正な女性の顔が微笑んだ。

「面会を許されるよう願い申し上げたい」
「紅凪くんの知り合いなんですか、綺麗な方ですねぇ。あ、入門証にサインして下さいね」

再び、その顔に紅槻衆の狐面を被ると、するすると門の中へ歩いていった。
途中で他の忍たまや先生とすれ違う事無く、優雅な歩みで迷わず医務室の方向へ歩みを進める。
その音を、途中から聞きつけて、紅槻は耳を疑った。
鉢屋は、紅槻のその異変に気づいて。

「どうした?」
「……来る」
「何が」
「紅槻衆の……材猟師」
「はあ?ここ、学園の中だぞ」
「でも、ほら……」

医務室の戸が、音もなくするりと開いた。

「失礼」

そこに佇む狐面は、きっとあの夜の者だろう、しかしその出で立ちは以前の質素なものとはまるで違って、黒地にに銀鼠刺繍の竜胆柄の着物に白い帯。紅槻と同じ赤い髪によく映えていた。その存在の不気味さと異様さに、鉢屋は背筋の毛穴がぞわりと開くのがわかる。

「紅槻紅凪殿は此方に居らすか?」
「…いや……」
「ここに居る」

紅槻が庇うように鉢屋の前に立ちふさがり、唸るように言った。

「何故に参った」
「見舞いですよ、紅凪殿」
「……何故」
「子供の心配をせぬ親なぞ居りませぬ故に」

狐面を外して、その下の顔を見て、鉢屋は息を飲んだ。
紅槻と、同じ鳶色の瞳。それから、柔らかく眉尻を下げて笑うのは、彼女のそれと全く同じ仕草で。

「……」
「あの場より救えず、情けのう御座居ました」
「もとより材猟師は居ない時期だった」
「我等は明くる朝戻って参りました」
「どちらにせよもう私は勘当された身だ。関係なぞ無い」
「どうか、そう云わず」

にっこりと微笑んで、女は鉢屋の方に向き直る。

「この度は、我が娘が世話になり申した。自我を抑える我等の運命をねじ曲げねじ伏せ、大変感謝申し上げる」
「いや別に…私は何も」

頭を下げられ、鉢屋はあたふたするのみだった。
女は、その頭を上げると笑みを崩さず、続ける。

「紅槻衆の新頭として、重ねて御礼申し上げる」
「?……にいがしら?」

何だそれは、と紅槻の表情を盗み見すれば、その目は一層つり上がっているようにも見えた。剣呑な雰囲気に拍車がかかったとも思える。

「……頭になったのか」
「他に自我に目覚めた者が居りませんで」
「私は戻らんからな」
「存じております……唯」

懐から何やら包みを取り出し、紅槻の前に差し出した。

「明かりくらいは、」
「必要ない」

無表情に言い放った紅槻に、残念そうに笑って、女は再び狐面を被る。

「でしたらば、僭越ながら、失礼させて頂く」
「ああ、帰れ。二度と、現るな」

寂しそうな笑顔と裏腹に、無愛想であれとも紅槻と話せて、親として嬉しかったのだろう(少なくとも、鉢屋にはそうと見えた)、女は、無言で立ち去った。

恐らくは、鉢屋だけに聞こえた声を残して。

(……もし、そこのお方。門をくぐるよりも前に、お会い出来れば)

ちらりと寄越された一瞥に、音は無かった。


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