紅 | ナノ




「おい、鉢屋」
「……立花仙蔵先輩」

廊下で呼び止められた鉢屋は、しぶしぶその声に振り返った。

「何の用ですか?」
「紅凪を知らないか?昨日から見ないんだが、」
「……兵助に訊いたらどうですか」
「もう訊いた。分からないらしい」
「でも何で同室でもない私に」
「ああ、何か……知ってはいまいかと思ってな」

どこか探るような、見下すような目線に、嫌気がさしたが、その目は逸らさなかった。逸らしたら何かに負ける様な気がしたからだ。

「残念ながら」

少し強調して、噛みつく様な、と形容するに多少否めない口調で続けた。

「何も知りませんよ」
「そうか」

軽く答えて、踵を返した鉢屋に立花仙蔵は続ける。

「委員会のメンバーが揃わんのは、中々気にくわなくてな。予算会議の貴重な戦力が欠けるのは惜しい。しかも彼奴は我が委員会の会計だ」
「何で私に言うんですか」
「なに、そんなに大した意味は無いさ」

そう言い残した立花をもう一度振り返れば、もうその後ろ姿は遠く、鉢屋に向けてか軽く手を振っては、どこかへ姿を消した。

(……苦手だ)

向こうから不破が姿を見せて、今のやり取りを遠目に見ていたのか、苦笑している。
鉢屋はムスッと頬を膨らませた。

「相変わらずだね」
「助けろよ」
「無茶な注文だってば。ねえ、ところでさ」
「ん?」
「本当に紅凪の事何も知らないの?」
「……」

一瞬、眉間のシワを更に寄せて、瞼を落としては、ため息をひとつ。

「知ってるも知らないも何も、分からないんだよ」

苛立ちを隠せないのか、拳は強く握り込まれている。
鉢屋自身も、既に久々知には尋ねていたのだ。それからい組の担任にも、委員会の合間に学園長にも。

(だったら、あの密書はなんなんだ…?)

それに、

――人形師の、仕事が忙しいんだって。それじゃない?

久々知の返答が脳内を反芻する。それくらい、自分にも教えておいてくれても良かったような、内容じゃないか。

「雷蔵、お前こそあいつと会話した最後の忍たまじゃないか」
「言い方悪いよ、それじゃ紅凪が死んだ人みたいだって」
「何も聞いてないのか?」
「だって僕は、兵助に頼まれて紅凪におにぎり渡しただけだから」
「つかお前、いつから名前呼び……」
「いつからって……秋休み前?」
「……」

苛々は、募るばかりだった。


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