紅槻は、地下の作業場を見渡した。 これから、長くこの場を離れる事になる。出来るだけの掃除を済ませてから出て行こうと決めていたので、いつにも増して片付いていた。 人形は五つとも連れて行くつもりだったが、流石に多いかと思い直して、三体だけに絞ることにした。 敢えて置いていく私物といえば、それだけ。箪笥に仕舞われていた工具の殆どはもともと紅槻の所有物では無いものばかりだったし(紅槻の入学と同時に紅槻衆が送って寄越したお下がりのものだ)、密書を含めた書物は纏めて燃やすことにして、既に小松田さんの落葉焚きにぶち込んできた。 またこの場に戻って来ることがあるだろうか、そんな薄ぼんやりとした思考の上澄みにそっと手を伸ばし、かき混ぜて、払って、霧散させ、何も考えなかった事にする。 面に出そうになる感情なんてほんの僅かな上澄みだけで、後は沈殿し混濁し、混沌として、じっとしているものばかりで。 (要は感情なんて、消すのは簡単なんだ) だから、心のスイッチを消してしまう前に。 「紅槻ー」 「不破……か?」 微かに自分を呼ぶ声が聞こえて、地上に上がれば、そこで壱之姫が日向ぼっこでもするかのように座っている。紅槻もその隣に腰を下ろしていつもの様に手櫛で髪をとかしてやるが、その髪は太陽の光を吸ってすっかり熱くなっていた。 「もうすぐ学活だよ」 「うん、行こう。久々知は?」 「なんか委員会の方で忙しいみたい」 「珍しいな……火薬委員なんて、いつも何してんだか分からない委員会なのに」 「まあ兵助、委員長代理だし。ねぇ紅槻、お昼食べてないでしょ」 「まあ一食くらい抜いても……」 「兵助に紅凪の分っておにぎり頼まれたよ」 「あいつは母親か……て、ちょっとさ、今」 「?」 「まあ、いいか。ありがとう、雷蔵」 どうやら確信犯だったらしく、嬉しそうににっこり笑う。 「どういたしまして」 立ち上がって草を払って、不破からおにぎりを受け取る。まだ温かく、絶妙な塩気で、紅槻は嬉しそうに口に運びながら、二人で並んで教室へ向かった。 秋休みが来るまで、あとたったの一刻しかない。 [*] | [#] |