「紅槻紅凪、お前さんは昔から喋らない忍タマじゃったのう」 シワシワの手で湯飲みを掴み、ずずずと啜る。 紅槻は何も言わなかった。 「柏丸はお前さんの心を思ってこの学園に入れたようじゃが、それとは裏腹に、感情すら面に出さなんだ」 「……友なぞ要らぬと、思っておりました」 「寝ても覚めても人形の事ばっかりじゃったのう」 「……未熟者でした」 「その通りじゃ」 羊羹がまたひと切れ、口の中へ消える。 「紅凪、食べなさい」 「いえ……」 「遠慮なぞせんでいい」 老人は、にっこりと笑った。 新しく注がれた湯飲みを頂かないのは、失礼だろうと紅槻は判断したのか、大人しく手に取った。 「……ありがとうございます」 一口啜って、紅槻は話を切り出した。 「秋休みが近いですね」 「そうじゃのう、テストの出来はどうだった」 「難しかったそうです」 「それは良い」 「……休み明け、すぐに戻って来れたらと思うのですが」 「ああ」 「家業で忙しいだけですから、心配して探さぬよう、言っておいてください」 「誰にじゃ?」 「そうですね……五年い組の久々知と、ろ組の不破、竹谷、それから」 「それから?」 「鉢屋三郎には、特にきつく」 伏し目がちに、目を細めて、紅槻はその名を呼んだ。 彼は責任を感じて、心を痛めるだろうか。そう思うと、なんだか申し訳ないような、なんとも言えない気持ちになった。 「心得た」 「ありがとうございます」 再び、深々と頭を下げた紅槻に、学園長は言う。 「礼には及ばないわい。ただ……無茶をしてはいけないぞ」 「……善処はするやも知れません。それでは」 紅槻は最後にもう一度微笑んで、礼をして下がった。その後に続いて、伍乃朗も退室していく。 ここまで精巧な作りの人形を間近に見たのは、これが初めてでは無かったが、亡くなったという自分の旧友に思いを馳せるように、障子が空間を隔てるまで――最後までそれを見送った。 彼……否、彼女は、秋休みまでの短い時間を、仲間と過ごすのだろう。 いつも通り変わり映えの無い日常を、少しだけ、豊かになった表情で。 (あの日心臓を持ち帰ったところから、仲間への執着は強いと見た……) だから、また。 生きて戻るつもりなのだろう。 しかし紅槻衆が、彼女を生きて帰すだろうか。……答えは出ない。 出したく無いに、近い。 旧友の跡継ぎは、非道く残酷と見えた。 秋休みまで、たったのあと三日の夜での出来事だった。 [*] | [#] |