ぱたりと、書物を閉じた。 すっと立ち上がり、伍乃朗を連れて部屋を出て行く紅槻は無言かつ無表情で、少し前の様子の回想と僅かな不安を久々知に抱かせた。 (紅槻……?) また、地下に向かうのだろうか。最近、少なくともここ二、三日は、授業も食事も、殆どの行動を共にしていたし、地下にも籠もっていなかった。 (でも……風呂には、一緒に入らなかったっけ) 確か、委員会の決算が忙しいだとかで。 ただの勘違いだといいんだけど、と眉を寄せて、久々知は自分の予習に頭を切り替えることにした。 その一方で紅槻はと言うと、本を図書室に返却して、部屋に戻ることもなくいつもの地下室に行くこともなく、天上の月を僅かに見上げた。 それから、少し離れた、学園長の庵を見据える。 明かりは、ぼんやりと灯っていた。 足袋と地面が擦れ合って、ざりざりと不愉快な音をたてる。普段なら気にならないのに、夜ではやけにはっきりと主張する足音を消そうともせず、紅槻は真っ直ぐ庵に向かって歩いた。 その障子の前に正座をし、伍乃朗にも正座をさせた。伍乃朗が壱之姫やらよりもずっと大きいせいで、隣には低学年の後輩が正座しているような感覚を覚える。背中に掛かった刀が床に届いて、ごつりと鈍い音を起てた。 「学園長先生、こんばんは。五年い組の、紅槻紅凪です」 「おお、これは珍しい。紅槻紅凪、入りなさい」 「失礼します」 すっと、障子を開く。 学園長は、湯飲みを片手に羊羹を楽しんでいた。 その前にまた、正座をすると、三つ指をついて紅槻は頭を下げた。 「突然のことで、申し訳ありません」 「何じゃ?」 「この秋休み明けに……恐らく、紅槻衆が学園に、奇襲に参るやも知れません」 ふむ、と学園長は一端の間を置いて、言った。 「紅槻衆の柏丸とワシは旧友だった筈じゃが。……奴は“頭”じゃあ無かったか」 「前頭は、三年前に死にました。今は、別の者がつとめておりまして」 「そうか……」 紅槻が頭を上げて学園長を見やると、その表情にも口調にも、いつもとの温度差が殆ど無いように感じた。 「あまり、驚かれないのですね」 「お前さんが伝えてくれた事に、びっくりじゃわい」 「……」 「それで、」 じっと紅槻を見据えて、言葉を、続ける。 「紅槻紅凪、お前さんは、どうしたいんじゃ?」 紅槻は一瞬目を見張って、それから答えた。 「……どうしましょうか」 そんな返答の意味を汲み取ったのか、学園長の表情が微妙に、柔らかくなった様に見えて。 やはり先ほどは、多少強張っていたらしく、それをわかって緊張も解けたのか、紅槻も眉尻を下げては、年相応の焦りを含んだ"表情"を見せた。 [*] | [#] |