紅 | ナノ



「そこまでー!!」

期末テストの終了を告げる担任の声に、久々知兵助は、盛大にため息をついた。

「終わったぁ……」
「そんなに疲れたのか」

隣の紅槻も、うんと盛大に伸びをしてみせる。

「今回ばっかりはね、範囲が広かったし」
「そうか」

テストさえ終われば、秋休みはもうすぐやって来る。学園の中は浮き足立つだろうな、と紅槻は他人事の様に思った。

「随分気難しい顔してるけど、どうかした?」
「いや……別に」
「紅槻の“いや……別に”って、大抵何かあるじゃん」
「……」
「言いたくないなら言わなくても良いけどさ」
「……」

少し悲しそうな久々知に、紅槻は困ったように顔をしかめる。
それから苦笑して、小さく言った。

「忙しいんだ」
「え?」
「秋休みは実家の仕事で一杯でな、忙しいんだよ」
「へえ、どんくらい?」
「一日に一体を作るくらい、コキ使われる」
「大変だなぁ、人形師って」

まあ、趣味みたいなもんだからと、眉尻を下げて笑う。その内心、

(よくもしゃあしゃあと嘘が吐けるものだ)

騙しているような、罪悪感に駆られる。と同時に、不安になる。

(私は、このままで良いのだろうか)

自信は、無かった。
無くて良い、そんな枷なぞ無いままに、ありのままのお前で居ろ、と鉢屋は笑った。
彼にも、全てを話した訳ではない。寧ろ、何も明かさなかったに近い。

(けれど……)

その一言に、酷く安心するのは、何故だろう。

紅槻は久々知に手を引かれて、食堂へと急かされた。い組の教室を出てすぐに鉢屋と不破と竹谷も混ざって、今日も随分と大所帯になった。最近は、この五人で食べることが当たり前の様に感じられるくらいに、高頻度。

「すごい…この麻婆豆腐…最っ…高っ!」
「それは良かった」
「でもつまみ食いは良くないよ」
「だって豆腐がおれを呼んで……」
「無いから安心しろ」
「私は麻婆茄子の方が好きだけど」
「そうなんだ、紅槻も豆腐好きなのかと思ってた」
「全てが茄子には及ぶまい」
「え、何でソレ今主張……おれさっき麻婆豆腐主張したばっかなんだけど」
「というわけで茄子はやるから豆腐を寄越……あ、いや間違えた。豆腐はやるから茄子を寄越せ、ハチ」
「どういう訳だよ!」
「「ハチうるさい」」
「いいぜ紅槻、その代わりに食後の大福寄越せ」
「鉢屋お前には言ってないし、それは嫌だ」
「お残しは許しまへんでーっ!?」
「「「「「いただきまーす」」」」」

感情を消そうとするのは、諦めることにしよう。
今この時を、生きていられればいい。
我が儘を言えば、この先も、ずっと、このままで。


- 17 -


[*] | []