「なあ、鉢屋」 「何だ」 「どこからが、仲間なんだ」 「さあな。意識の問題なんじゃあないのか」 彼は首を捻って、そう答えた。 「最近、気分が酷いんだ」 「どう酷いって?」 「自分の中で感情が渦巻いて」 「私が心をやると言っただろう?」 「意識を作用する」 「それのどこが悪いんだよ」 「私たちは、忍だろう?情けなど、あってはならない筈」 「今は、忍タマさ」 「だいたい、この先敵となり得ん者共と仲間意識を抱いたって、どうするんだ」 「さあ、おれの知ったことじゃあない」 鉢屋は、狐の面をしていた。 その髪も声も、いつもの不破と違う。 ただ、鼓動が、 蕩々と、漠々と、 延々と、淡々と、 温かく、冷たく、 折り返し、折り返し、 繰り返し、繰り返し。 何かが、反転して、 世界が、崩壊して、 紅槻は、目覚めた。 「夢……」 そこは、いつもの地下で。 吐きそうだった。 あの夢での自分は、人形師であることを忘れていた。否、人形師ですら無かった。一人の忍びとして、そこにいた。 (違う……私は、人形師、だ) 何かを間違えているのが、夢というもの。矛盾はつきものだと言い聞かせ、ほの暗い手元に目をやった。 傍らに積まれた密書には、紅槻衆の謀略が刻まれている。最初に読んだ時は、ただ、そうか、と思っただけだった。 (学園の潰滅……か) 記されたのは、それを図る計略の詳細。明らかに、本来なら紅槻には知らされぬ筈の内容だった。あの材猟師が密告してくれたらしい。 しかしそこには、"何故か"が一切記されていなかった。紅槻衆の“頭”が決めたのだ。頭の目論む意図や目的なぞ、本来ならば訊ねる必要すら感じられない。彼は、紅槻衆の絶対的権力者だ。紅槻衆という異彩異才集団を纏められる唯一無二の変わり者に刃向かおうなぞ、するものすらいない。無力、もしくは無気力、或いは無為な人形師達の集まりが紅槻衆だと言うことも、あるのだけれど。 (仕方が、無いこと) だがしかし、この忍術学園には、譲れぬものが多すぎた。 (さてね、どうしたものか) 肯定するのが逃げなのか、否定するのが逃げなのか、今となっては分からない。 分からなくなる程、自分は、随分とまあ変わってしまったものだ、と自嘲するように、ごろんと床に伏してみる。仰向けに寝返っても、暗い天井が視界にいっぱいになっただけで、その場は何も変わらない。 不変がそこにはあった。 少しだけ、羨ましい。 人は、変わってしまう。 人は、変えられてしまう。 (……人形師、失格だな) そして。 「よう、人形師」 切欠を作ったのは、この男なのだろう。 夢とは違う、いつも通りの不破雷蔵の姿で。それを逆さに見つめる紅槻の唇が薄く開く。 「鉢屋、三郎」 「久々知が探してたぞ」 「そうか」 夢の中の自分と、今一度、同じ質問を繰り返してみた。 「なあ、鉢屋」 「何だ」 「どこからが、仲間なんだ」 「そうだな……」 彼は首を捻って、答える。 「私が認めたら仲間だ」 「……そうか」 (夢は夢でしかない) そう、当然のことを、何かが嘯いた。 「だから、お前は私たちの仲間だ」 「いや、でも」 「うるせー」 [*] | [#] |