実習を終えての帰り道(どうにか合格を貰えるであろう出来栄えだった)、甘味処に寄った時の事だった。 「兵助とケンカしたんだって?」 「ああ、まあな」 ふぅ、と溜め息をついた紅槻を見て、竹谷は続ける。 「兵助、落ち込んでたぞ」 「まあ……だろうな」 「仲直りしろよ?」 「……」 「良いこと無いって、ケンカなんて」 「……そうだな」 結局は、互いの、消耗戦でしかない。 「戦と、同じだ」 壱之姫を呼び寄せれば、彼女はすぐに姿を表した。 竹谷は驚いたような顔をしたが、紅槻は何も言わない。 その髪を手櫛でとかしてやる。面をはめたままの彼女は揺るぎもせず、されるがままだった。 ふうと息を吐いて、竹谷が言った。 「にしてもさ、」 「?」 「珍しいよな、紅槻が意地張るなんて」 「……ああ、らしくない」 足元を、見つめた。 最近よく、自分が自分でないような錯覚に陥りそうになる。 感情が先走って行動を起こしてしまうことに、自覚はしていた。感情なぞ、自分からはとうに消え失せたものかと思っていたが、そうでも無かったらしい。 これは、鉢屋に前言撤回せざるを得ないかもしれない。 いずれにせよ、良くない兆候だった。 「おれ達からしてみれば、なんだか嬉しいような、よくわかんねー感じだけど」 「嬉しい……?何故」 「今までそんなこと無かったし、紅槻も人間なんだなーって……あ、いや、悪い、言い過ぎた」 「いや……」 紅槻はすっと立ち上がる。 「その通りだ」 やはり、どうにかしている。 あの密書の内容を、忘れた訳では決して無いのに。 「ハチ、そろそろ帰ろう」 「ああ」 夕日がやけに切なげに見える。こんな感情、以前は抱かなかった筈だ。 妙な焦燥が、紅槻の中を駆け抜ける。 それは、学園に戻っても同じことであった。 壱之姫を連れて部屋に戻れば、先に戻っていた久々知が寝転んで忍たまの友を読んでいた。 「あ、おかえり紅槻」 気まずい雰囲気になるかと思いきや、そうでも無くいつも通りの久々知に、紅槻は若干拍子抜けして、ついたての向こうに足を運ぶと武士をなした着物の帯を解きながら、意を決して口を開く。 「久々知……」 「実習どうだった?」 「悪かった」 「わ、悪かったの!?」 「いや……この前は、悪かった」 その意味を、捉えかねたのか、目をまばたかせて、ああ、と納得し、次には驚いたのか、ばっと起き上がった。 「おれの方こそごめん!!」 「……これで、仲直りか」 ストンと腰を下ろして、紅槻はにっこりと、笑ってみせる。 眉尻を下げて、これまで久々知が見た中では、一番優しげな微笑みだった。 [*] | [#] |