「いやー、さっぱりした」 「時間がない、さっさと座れ」 化粧箪笥の戸を引き出す紅槻の指先は竹谷よりも随分と細く、白く。華奢で、器用そうだった。 おしろいを塗られながら、それにしても女々しい手だと竹谷は思った。 「余計なお世話だ」 「読心術かよ」 「顔に書いてあるみたいに、お前はよく分かる」 くすりと、紅槻は落とすように笑う。 竹谷は、笑った所など初めて見たとでも言うかのように目を見張った。 「綺麗な肌なのに勿体ないな」 「……そうかぁ?」 顔を近づけられ、小指に乗った紅がついっと竹谷の唇を撫でる。 じっとみつめる紅槻の瞳に、長い睫に、底冷えしそうな凛々しさと計り知れない妖艶さを感じて、頬が熱くなった。 「髪も、とかすからな」 向かい合ったままの姿勢で、櫛を片手に竹谷の頭に手を回し、彼のボサボサと絡まった髪を竹のくしでもって、慣れた手つきでとかしていく。時折腕が耳もとを掠っては、つっと首筋を沿うように触れて後れ毛をなで付けられる。その間紅槻は終始無言で、至って真摯な顔つきである。竹谷の心臓がどきりと高鳴った。 (おれは女か……っ!?) 吐息がかかる程近い距離で、時々竹谷の前髪が紅槻の唇に触れる。 ようよう竹谷の心臓は火事の半鐘よろしくだった。 (男相手になぜときめく!!ときめいてどうするんだ!!) 顔から湯気が出そうなくらいに、熱い。竹谷はぐっと目を瞑って、しばらく。 「よし、」 ようやく終わったのだろう、すっと紅槻の気配が引いて、竹谷は肺の奥底に籠った息をいっぺんに吐き出した。 「かわいいな、おハチ」 「〜〜〜〜っ!」 どうやら確信犯だったのだろう。紅槻にまんまと填められて、竹谷はがしがしと頭を掻いたのだった。 「立花先輩直伝の色仕掛けだ。男でも落ちない奴はいないらしい」 「おれで試すなよ!!」 「すまん。……それじゃあ」 「?」 「ハチ、行こうか」 「ぁ……ああ!行こうぜ紅凪!」 部屋から外に出れば、晴れた空が広がっていた。透き通った秋空だった。 学園を出れば、それは更に拡大して、その下で。 「そういえば、お前、どうして生物委員なんだ?」 「そりゃあもちろん、生き物が好きだからだな」 「生き物、が?」 「もちろんそこらにいる生き物はみんな大好きだし、それに…学園にいるあいつらは…餌をやらなきゃ、世話してやらなきゃ死んじまうだろ?」 「それは、まあ」 「おれが必要とされてる気がするんだ。それだけで」 他愛も無い話をしながら、つくづく竹谷の笑顔が眩しいな、と紅槻は思う。まるで日の光みたいに、明るい。 紅槻は先を行く竹谷を見つめて、目を細めた。 「どうした?」 「ああ、いや、なんだか……」 本物の太陽を、見上げた。 今は何故か、素直にこの感情を認めることが出来る。 それもこの男、竹谷のお陰なのか、きっと、素直が、伝染ったのだ。 「うらやましくてな」 「何が?」 「お前が」 [*] | [#] |