「……」 「お、今日はよろしくな、紅槻!」 「……」 快活な竹谷だったが、紅槻は無表情のまま、相変わらず硬直している。 僅かに目が見開かれて、珍しくも、どうやらぎょっとしているようだった。 「どうしたんだ?」 「……どうしたら」 「?」 「どうしたらそんなモンスターが生まれるのかが不思議でならない」 「失礼だなお前っ!!」 そう言った竹谷の格好は、女装である。しかし白粉を塗りたくったのか、ムラの激しい頬、大きくはだけた小桜模様の着物、その唇に走らせた紅は大きく外れ、いっそ口裂け女と肩を並べよう妖怪ぶりだった。 「なんというか……似合わないんだな」 「まだ言うか」 分かってるって。竹谷はそう言って、はあ、とため息をつくと、自室の畳にどっかりと座った。 そもそも、事のいきさつはと言えば、い組とろ組で合同実習があるせいである。 二人一組でペアになり、行商人やら武士やら猿楽やら、くじで決められた職を装い、それを利用して、それぞれに出された課題をこなすというもの。 ろ組の竹谷のペアが風邪をひいて寝込んでしまったので、奇数のい組から一人出すことになったのだ(そこで紅槻が珍しくも率先してその一人になったのは言うまでもない)。 「化粧を落としてこい、あと、香油も。付けすぎてクサい」 「え゛」 「まだ時間があるから、私がなんとかしてやる」 「マジか!!」 いそいそと井戸へ歩いて行った竹谷を見送って、紅槻はふうと息をついた。クジ運の悪い奴だ。女装なんて札、一枚しか入ってなかっただろう。 その一方で鏡に映った自分の姿は、武士風の出で立ちである。その髪は、今は鬘で黒い。まるで別人のようだった。 「やはり壱之姫は連れて行けそうにない」 まあ、連れなければ良い話だし、遠隔操作の練習にもなる。今は自室で正座させていた。(そのお陰で、現在久々知が少なからず困った顔をしているのに、紅槻は気づいていないようだった) どたどたと竹谷が部屋に戻って来る音が聞こえる。 (少し、悪戯してやろうかな) そう思って、新しい白粉の袋をびりりと破いた。 [*] | [#] |