目覚めて、第一に紅槻は自己嫌悪に陥った。 「……」 食堂の券(十枚つづり)を、部屋に忘れて来たのである。 (なんて頃合いの悪い――…) やれやれと、板張りの床から上体を起こす。この作業場に布団は置いていない。流石にこの場で寝泊まりするようになったら久々知と同室の意味が無くなるからだ(しかしこの作業場で徹夜することの割合の方が多いのだから、どうしようもない)。 しかし本日、彼女は無理に不貞寝を決行した。 (だからか……寝違えた) 昨晩の自分が疎ましくて仕様がない。そもそも不貞寝なぞ、自分らしくもない。 よろよろと立ち上がると、深く、ため息をついた。最近、ため息をつく数もひどく増えたとも、思う。 やけに人間臭くなったものだと、落ち込んだのかもしれない。 「やあ、おはよう紅槻」 「不破……おはよう」 「随分疲れてるみたいだね、なんかあったの?」 「いや、ああ、まあな」 頭痛までしている様な気がする。頭から冷水でも被りたい気分だった。 そうしたら、うすぼやけた思考回路がクリアになるかもしれない。 「……寝違えたらしい」 「意外だね」 そして今日の紅槻は、人形すら連れていない。どこかふらふらと、足取りもぎこちなさげだった。 「大丈夫なの?」 「ああ」 「顔色悪いよ?」 「ああ」 「もっと僕たちのこと頼ったって、いいんだよ?」 「ああ…………は?」 不破は笑った。 「僕たちは仲間じゃないか」 「……」 コイツも昨日の話を聞いていたのか、との頭に浮かんだ言葉を、紅槻はかき消す。そんな筈はない。きっと、あのろくでもない男が喋ったのだろう。 「じゃあ食堂へ行こうか」 「あ、いや」 「どうしたの」 「食堂の食券、部屋」 「一回戻るの?」 今戻ったら、おそらく。久々知に遭遇する確率はほぼ十割といっても良いだろう。 いつも髷を結ってるであろう時間だ。 「……いや、行こう」 「うん、行こう」 不破は紅槻の隣を歩いた。 一歩先でも、後ろでもなく。 きっと優しくて、良い奴なのだろう、心音は落ち着いて、心地よいリズムを紡いで、鉢屋と同じ顔に、同じような声でも、中身はまるで違うなと紅槻は思って、しかし眉間の皺は取れそうになかった。 「A定食とB定食……どっちにしよう」 「私はB定食にする」 「うーん……」 ただ、迷い癖が玉に瑕なのか。 「おお、なんか珍しい組み合わせだな。雷蔵と紅槻って」 「竹谷八左ヱ門…」 「おいおい、気軽に呼んでくれよ。ハチでも、なんでも」 「ああ」 「どうしよう……」 「不破はいつもこうなのか」 「まあな、鉢屋がいなければ……そういや、あいつは、どうした?」 「知らないな」 このろ組の二人に挟まれてとった朝食は、いつもより美味しく感じられた。 何故だろう、深くは考えないようにしよう。 今くらいは、こういうのも、悪くない。 [*] | [#] |