空気は、連日の秋雨のお陰で濁っている。空気に色なんて、ないのけれど、喩えて言えば、今は鉛色だろう、重そうだ。否、そのすべてを、暗闇が覆って繰るんで包み隠してしまっているだけなのかもしれない。 狐面が去った後を見つめながら、紅槻は溜め息混じりに口を開いた。 「いつまでそこに隠れているつもりだ」 「気づいて……」 「いる。久々知に……鉢屋」 「奇遇だな、私たちは自主トレ中だったんだ」 至極嫌そうに呼ばれた鉢屋は笑顔で言ったが、そんな顔には一瞥もくれず、紅槻は唸るように呟いた。 「お前は一度くたばればいい」 弐乃助が、ゆらりと動く。じゃらん、と、両手の指先に埋め込まれた鋭い鉄製の刃(おそらく毒も塗り込められている猫手だろう)が音を起てたのを聞いて、鉢屋は眉をしかめ、しぶしぶ両手を上げる。 「……悪かった、本当に」 「でもどうして分かったんだ?」 「……心音くらい聞き分けられる。それで、どこから聞いた?」 「えと…情が、何たら」 「それなら、わかっただろう」 「何をだ」 「私には関わるな、ということがだ」 いっそう冷酷に言い放つ。久々知は一発で固まったが、しかし鉢屋は全くといっていいほど動じなかった。もう慣れたとでも言わんばかりに、重苦しい雰囲気の中で平然と口を開く。 「アホらしいな」 「何がだ」 苦虫を噛み潰すかのような顔で、紅槻は続ける。 「お前なぞ……たかだか赤の他人に毛が生えたような分際だろう、知ったような口を利くな」 「数少ない赤の他人ではない者さ。私はお前に心をやると言った筈だが」 「要らん世話だといい加減わかれ。……私は帰る」 二人に背を向けた紅槻に、久々知は言った。 「おれ達は仲間だろ……?」 「……」 紅槻は何も言わなかった。 そのまま、あっさりと塀をよじ登っては、学園の長屋の方へと消えていく。紺の忍装束は、紅い髪と一緒に闇に紛れてあっさり消え失せてしまった。 空気がその場に落ち着きを取り戻した頃、鉢屋ははっきりと言った。 「仲間さ」 「……でも応えなかった」 「私が決めたんだ。お前はそうじゃないと思うのか?」 「そんなことあるわけ無いだろ!?だって、紅槻はああだけど、でも、おれたちは五年間も一緒だったんだ……」 「それなら、それで良いじゃないか」 「なんで」 「私達が仲間だと決めたんだ。仲間じゃない理由なんてどこにも無い」 鉢屋の飄々とした口調に、久々知は納得しきれぬ、といった表情で、それでも、うん、と小さく相槌を打った。 「それじゃあ私達も帰ろう」 「え……今行ったら部屋で鉢合わせするかも」 「無いな、それは。多分地下に籠もって出てこないだろ」 「そりゃそうかもな……って、おい待てよ!」 久々知に背を向けて、すたすたと歩き出す。 (それにしても―――) 彼は漸く現れた、糸よりも細い月を見上げた。 (やけに荒れてるな……) その眉間には少し、皺が寄った。 [*] | [#] |