「よう、紅槻」 「……」 心をこじ開けてやろうと思ったのは、紛れもない本懐だった。だか、紅槻が鉢屋を、完全に無い者扱いにするのは想定外だった。 記憶を排除する、つまり鉢屋と関わったことを全て無かったことにするつもりらしく、最も紅槻に近い存在は再び久々知となるに時間はかからなかった。 満月はとうに過ぎ、月は徐々にやせ細っている。最後の調律も、する必要ない。あとは、びいどろの目玉を埋め込むだけだ。と、考えていた矢先の出来事だった。 運が悪いと自分に悪態をついて、一瞬に寄越した一瞥に、鉢屋は絶対零度の拒絶を感じた。 「行こう、久々知」 「え、いいのか?」 「……」 「あ、ちょっ……」 顔を背けて食堂へ歩き出した紅槻を、久々知は慌てて追っていった。取り残され硬直した鉢屋の隣で、不破は。 「なんかやらかしたの?」 横目で見た同じ顔の友人は、ばつが悪そうに頬を掻いた。 「心当たりはあるんだね」 「……まあ、」 「紅槻、目が据わってたよ」 「……うん」 「……」 「おい、どうしたんだ二人とも突っ立って」 「あ、ハチ。お早う」 「まあ、私達も食堂へ行くか。売り切れてからじゃ後の祭だからな」 「?」 雷蔵の、二人の仲は良いのだろうとの憶測は、どうやら正解だったらしい。そしてその仲はどうやらこじれた様だ。何があったのかは、良く知らないけれど。 「紅槻、さっきはどうしたんだよ」 「……いや」 「鉢屋と何かあったのか?」 「別に……」 紅槻は、豆腐の皿を持ち上げて呟いた。 「苦手なだけだ、どこぞの豆腐小僧と違って」 「豆腐小僧ってい……」 一瞬、動きが止まって。 ガタンと音を起てて久々知は立ち上がって叫んだ。僅かに赤くなっている頬は、白い肌では分かり易い変化だった。 「おれは苦手じゃないのか!?」 「まあ、」 パクリと一欠片の豆腐を口に運んで、飲み込んで、紅槻はぽつりと言った。 「立ち上がっては叫んで注目が集まっているのに恥ずかしくない豆腐小僧は、そこまで、苦手じゃない」 「え、うっわ」 一気に耳まで真っ赤になって、ストンと席に座る。あー、だの、うー、と唸って頭を抱える級友に、紅槻は頬を緩めた。 「からかって、悪かった。食べかけで良ければ、冷や奴をやろう。私は腹がいっぱいだ」 そして、くすくすと、可笑しそうに笑った。 その笑顔を遠目から、ぶすっと面白くなさそうに眺めている者に、紅槻は気づいているのだろう。すました顔で、緑茶を啜った。 [*] | [#] |