紅 | ナノ



(何故、そんなにも人形に執着するのか)

以前、鉢屋は訊ねたことがある。ふむ、と、珍しく考える仕草をした紅槻は、その三秒後に口を開いたのだった。

(宿命だろうな)
(……)
(人形師になるべくして産まれた。存在意義なのかもしれない)

無表情で、吐き出された言葉は、酷く重い。鉢屋は、変装でもしているかのように、表情のない顔だと、改めて思った。
それだけでない、生きている気がしない、紅槻の心が、生きていない、そんな気さえしていた。
哀愁に駆られて目を細めることも、苦痛に苛まれて顔を歪めることも、享楽に口で弧を描くことも、怒りに手を上げることも、全てをくだらないの一言で済ませるこの忍のたまご。
その心は、人形に吸い尽くされたのだろうか。

「――お前の造る人形達は幸せだろうな」
「どうした…急に」
「随分と心を込めて造られてるじゃないか」
「……」

紅槻は無表情に、適度に乾いた滑らかな和紙の貼られた、白く白く細い手先を見つめた。唯一の解れが出来ていたのを、見落とさなかっただけだった。

「……鉢屋、お前、何か勘違いをしていないか?」
「勘違い?」
「此奴らに、いくら手をかけて造ったとしても」

皺を作らぬよう、丁寧に貼られ、なかなか、手の込んだ仕上がりとなっている人形。
その言葉の息継ぎとともに、初めて、手を止めた。
見下して、呟く。

「心は、ないんだ」
「……」
「息をせず鼓動を叩かず、人形は人形だ。だから、人形師の我々にも、」

その唇は、相も変わらず淡々と続ける。

「心なぞ、いらない」

そう呟いて、鉢屋を振り返り、苦笑した。鉢屋が見る限り、寂しそうに、苦笑した。
ああ、この人形師にも、心は在るのかと、鉢屋の中のどこかが囁いた。

「執着は人形師に良い結果を齎さないからな、紅槻衆では、暗黙の了解だ。だから私は、伍乃朗を最後にして造った人形の数を数えるのを辞めた」

閉じ込めただけなのか、掻き消しただけなのか、押し殺しただけなのか、少しでも漏れた情感は、暗闇の中で捻り潰しただけなのか。

「ならば私はお前に心をやろう」
「……」
「先ずはそうだな、“動揺”だ」
「馬鹿な」
「私は、」

鉢屋の唇はにやりと弧を画く。そして、続けた。

「お前が、実は女だってことを知っている」

紅槻の目がうっすらと見開いて、瞬く。そして唇を開いて、呻くように一言二言、洩らした。
瞬間。
影間から伍乃朗が現れたかと思うと、背中の刀を抜き払い、背後から鉢屋の首に突きつけていた。

「それが動揺だと言ってるんだよ、バーカ」
「……あまり人を馬鹿にすると、痛い目を見るぞ」
「女顔だと罵った訳じゃない。事実を述べたまでだ」

沈黙が続き、紅槻がゆっくり息を吐く。
伍乃朗が、がら、がしゃりと重い音を起てて崩れ、無造作に床へ落ち着いた。
それは紛れもない肯定と捉えるに十全、鉢屋はゆっくりと瞬いた。


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