さて、ようよう満月も近くなって来よう日、戌の刻。木製の“肉”のお陰で、絡繰りはすっかり覆われ、その外見も人に近かった。背の高い、女性の形をしていた。 しかしこのまま“肌”を貼ると、くすんだ色が残ってしまう。只でさえ、人革は色が濃いのに、透けて木目なぞ見えては、美しくない。 美しさを人形に求めなければ、人形師として全てにおいて欠陥している、と紅槻は以前教わった。 それがもし殺戮を犯すことになろう戦闘用人人形とて、同じ事だ。と。 誰に教わったかは、紅槻も憶えてはいない。ただ、憶えておく必要が無かったからだ。 少々話が逸れたので修正しよう。こうした“肌”をより肌色に近づける為に、彼らは人の革をよくよく舐めすでなく、“肉”の上には必ず和紙を貼る。京製の上質なものだ。 膠やら、黒松や赤松の脂(ヤニ)やら正麩やらで調合された頑強な糊の入った鉢が、ごとりと音を起てて床に落ち着いた。 「鉢屋か」 「ああ」 今日は早いな、そう思って、次に。ふと思って、手を作業においたまま口を開いた。 「教室で……異様なモノを見る視線で見られたのだが」 「奇遇だな、私もだ」 「久々知に、何故かがっかりもされた」 「……喋り過ぎたかな」 「どうやら、私も喋らなさすぎたようだ。饒舌になったつもりだったのだが……」 「不破にバレてただろ」 「初日でバレた。それも朝」 「久々知は気づかなかった」 「……」 「どうやら私の勝ちだな」 「勝負なぞ」 ふっ、と、鼻で笑った。 壱之姫の“調律”をするのだろう。どこからか先の尖った細い金棒やら針やらを取り出しては傍らに並べ、壱之姫を手繰り寄せる。 引っ張られ、むしろ、引き摺られるように、壱之姫は紅槻の腕に収まった。 「随分凝った仕組みだよなあ、音でも動くとは」 「馬鹿か。音じゃない。振動だ」 「振動?」 「空気を伝って、音が届く。その音が、壱之姫に伝わって、壱之姫の絡繰りが動く、そんな仕組み」 「届かないくらい遠い場合は?」 「糸で―――蜘蛛の糸くらい細い鉄の糸で、遠隔操作する。このとき、この糸が他人に触れないように操作しなければならない」 「……んなの人間業じゃねえよ」 「人形師ならやってのけるのさ。現に、お前の声に反応してついて行くように調律したんだ」 鉢屋は胡散臭そうに眉を潜めたが、人人形において根堀り葉堀り聞いても、仕方がない。こっそり溜め息をついたのも、紅槻が気づかない訳がなかった。 「何で人形の話になるとそこまで饒舌になるかねえ」 「さあ……、」 調律の終わった壱之姫を自分の傍らに座らせると、薄く広がった和紙に糊をどっぷり浸けておいた刷毛を走らせる。 「何故だろう」 自分でもわからない。人形が好きなのかもしれない。けれど好きという感情そのものを抱いたことがなかったから、紅槻にはわからなかった。 [*] | [#] |