紅 | ナノ



"食堂の定食は、どれも頬がとろけそうになる程美味しい。"これは忍術学園生全てに適応される真の命題である。きっとそのせいだろう、食事の時間は、普段は能面以上に表情の変化に乏しい紅槻紅凪が表情を見せる最も貴重な、唯一の時だ、と相部屋の久々知兵助は密かに思っている。
先日、久々に部屋に帰って来て布団を並べて寝たかと思いきや、どういうわけか以前よりは高頻度で部屋に戻って来るようになったこの赤毛と会話したのは、それでも、残念ながら、数える程だったのだけれど。

「ほう、今日のB定食は豆腐定食か」
「ほ、ホントか!?」
「嘘をついてどうする」

そうも珍しく苦笑してみせる紅槻の背後には、まるで従者の様に人人形が立っていた。その人形は、この世との絶縁を宣言するかのような狐面をつけていて、その表情を見たことはいまだかつて無い。後輩からは勿論、同級生や先輩からですらその存在を不気味に思われているのはきっと、本人も既知なのだ。紅槻がB定食を注文するのを見届けて、今度は久々知がおばちゃんに向けて、三割り増し元気な声が飛び出した。

「おばちゃん、B定食!」
「あら久々知くん、ごめんねぇ、紅槻くんので……今のでB定食最後だったの」
「え゛」

頭に漬物石が落っこちてきたのではないかと思う程度の効果音がつきそうなくらい凹んで、眉尻を下げては、仕方がないと彼はA定食を注文しては席に着いた。紅槻は既に箸を進めていて、豆腐ハンバーグの五分の一は削れている。A定食を手に向かいに腰掛けた久々知に僅かに目を見開いて、咀嚼していた食べ物を呑み込んでから口を開いた。

「…Bじゃないのか?」
「それで最後なんだって……」
「おや、それは悪かった。食べかけで良ければやろう、私はもうお腹いっぱいだから」

差し出された膳を押し返して、久々知は叫んだ。

「殆ど食べてないじゃんか!!いいよ気ィ使わなくて!」
「…なぜ赤くなるんだ。じゃあ、冷や奴と豆腐の味噌汁をやろう。まだ食べてないから。いくら男同士だからといって、間接接吻が嫌なんだろう?」
「そういう訳じゃなくって!!……あ、でも、ありがとう」
「今日のB定食にはオマケのからあげがついていたからね。人気だったんだろう」
「はい、きんぴらやるから食えよ」
「いや、遠慮しておく」

少食に少食を極めたこの忍たまと、何故か今日は会話が成立した。
それだけで、久々知はついてると思ったに違いなかった。

そんな二人の会話が繰り広げられていたちょうど反対側で、不破雷蔵が首を傾げたのは、その同時刻である。


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