紅 | ナノ



絡繰りを、骨組みへと填めていく。一つひとつ、的確な位置へ。余すところなく、ぎっしりと接合されれば今日の作業はそれで終わりになるはずだった、しかし今日は居眠りしてしまったお陰で作業は少々滞っている。
満月までまだ日はあるから、まあ、別に急がなくても良いだろう。
夜半もきっと、とうに過ぎた。夜明けまではきっと三刻もない。明日…いや今日は委員会もある。立花先輩に迷惑をかけること程、後々恐ろしいものはない。
と、そのとき。

「おや、鉢屋」
「よう、人形師」

相も変わらず級友である不破雷蔵の顔を借りているであろう彼の姿は今、闇に包まれてよく見えなかったし、紅槻には確認するつもりそのものがなかった。恐らく出入り口となっている穴から頭を突っ込んでいるのだろう。
考えながらも休まず動かされていた手を止めて、紅槻は振り返った。
そこにいたのはにんまりと笑う己の顔。

「いい趣味だな」
「…………驚かないのか」
「"感情を持たない人形師"にそれを言うとは、お前もなかなか面白い奴だ」

けらけらと無表情で笑う紅槻の横に座ったもうひとりの紅槻は、面白くなさそうにその顔を不破のそれに戻した。この時間に、鉢屋がやってくるのもさして珍しいことでもなくなっていた。屋根裏でもないこの場所は紅槻だけのものの筈であったが、ある時きっとつけられたのだろう。鉢屋の術は並の六年生よりも上手いとか、そんな噂はどうやら嘘でもなさそうだった。彼曰わく、この時刻に訪れるのは便所のついでだとか、そんな適当な理由だが、紅槻は深く訊こうとも思っていない。
ただ、満月の夜にだけは入ってくれるな、と一言だけ嗜めただけだった。
(この満月の日に決まって、紅槻は人形に人皮をなめして貼ることに決めている。それは見ていて最高に気の良いものではないからだ。)

「ほう、今日は絡繰りか。おい、こんなの先月は見なかったぞ」
「ああ……良く覚えてるな」
「当たり前だ。私をだれだと思ってる」
「ストーカー」
「……」
「冗談だ。これは内蔵型の袖箭だよ。そんな変わった注文が入っていてね、わざわざ開発した。使い勝手が良かったら壱之姫にも入れようと思っているほどの力作だ」
「手が込んでるな、それにしても」
「一つでも間違えればパアだからね、そりゃあ慎重にもなるさ。こいつらの命と言っても過言ではないくらいだ」
「……なあ、そろそろ寝たらどうだ」
「ああそうする」
「部屋にも戻れよ」
「……今日はそうしよう。最近戻ってなかったからな」
「お陰で兵助は半分一人部屋みたいになってるぞ」
「そうか。だいたいは相部屋の奴と仲良くなるはずなのに、私は気の毒な事をしてるな」
「分かってるのか」
「"友"なぞ要らんよ」
「……なあ、」

絡繰りやら骨組みやらを片付けていく紅槻に、鉢屋は立ち上がっては後ろから、その首に絡みつく様に腕を巻く。

「…………何の真似だ」
「お前、そんな目で世の中を見てはつまらなくならないのか」

耳元に囁かれた言葉にも動じず、紅槻は鳶色の瞳で鉢屋を見据えて冷たく言い放つ。

「さあな、男同士でこうも抱き合う事ほど面白いものは無いのだろう」
「よく言うぜ」
「お前もな」

ぱっと放されれば、鉢屋の心音は遠くなって。彼にちらりと視線をやれば、戸棚のひとつを開いて中に詰まった螺子をつまらなそうに拾い上げていて。彼はつまみ上げたそれを蝋燭の灯に透かしながら呟く。

「確信犯ならば、もうそれは気の毒じゃないぞ」
「されば何なんだ」
「気に棘だ」

ふうん、とさもなんでもなさそうに呟いて、紅槻はバツが悪そう、と言うには少し足りない表情で、大あくびをしてから言った。

「兵助には棘を刺すように悪いことをしているな」
「まあ、ただ、お前を一番知っているのも今のところ奴だ」
「そうだな、い組には会話すらしない者の方が多い」
「差し詰め、喜八郎と変わらない不思議野郎ってところだ」
「それは、まあ」

悪くない。紅槻はそう笑って、先に地下から這い上がった鉢屋の手を取れば、冷たい。

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