紅 | ナノ
1


ごとり、と、大げさに音を起てては板張りの床に鉄塊が崩れたお陰で、さらさらと流れる紅い髪に漸く掻き上げられる時がやってきたかの様に思われた。
蓋し重い瞼をどうにかこじ開けたかと思えば、がしがしと大雑把極まりない手つきで頭を掻く。仄暗い闇の中でも良く映える長く艶やかな紅色の髪の、そのようにぞんざいな扱いを見たら、ひょっとしたら四年は組の斎藤は泣き叫んでいたかもしれない。

(骨組みが、途中だったんだった)

大きく口を開いた欠伸をひとつ、頭に十分な酸素を送り込んでから、またひとつ。不自然な体勢で強ばった筋肉を伸ばしきるように大きな伸びをしてから、腕を伸ばした、紅槻紅凪の指の先。鈍く光るは人骨に極めてそっくりな形を為した鉄塊だった。小型の骨格標本さながらの、全貌はそれに近しいが、此方は明らかに重量感と物々しさが異なった。
簡素な床板が、ぎしりと軋んで。
その骨組みを抱え込むようにして、にこりとも笑わずに、紅槻はくすんだ鳶色の瞳でそれを見下すのだった。

「こいつは、いくつめだったかな」

誰もいない穴蔵のような地下室で、ぽつりと落とすように呟く。もう伍乃朗を最後にして、そんな事を数えるのはやめてしまったものだから、もうまったく憶えていないに等しい。"商品"に名前を与えるなんぞ、紅槻にとっては到底くだらないこだわりに過ぎないものであったが、紅槻衆人形師には欠かせない。彼らにとってのある種のこだわりであり、誇りのようなものだった。

「つくも…玖拾玖姫、とでも候補にしておこうかな……いや、玖拾玖助?」

とりあえず、性別決定はおいておいて、紅槻はそれに仕組むことになるであろう絡繰りに手を移す。木と金属の混ざったそれを手に取れば、がしゃりと音を発てて手に収まったそれに目を落として、しばし紅槻は間を置いた。彼女の記憶に新しい"重み"であった。

(そういえば、人の心の臟も同じ位の重さだっただろうか)

死を直接的に遭遇したのは、それが初めてだったし、しかもそれが"級友"だったものだから。いたく驚愕したのを覚えている。

(そして、あの男に出逢ったのがその直後だと思うと、どうにも滑稽でしかない)

紅凪はころころと転がった歯車を捕まえて、もとのあるべき場所に戻す。
これで、この"人形"への単調な作業は終了。しかし何をもって単調とするのか、基準はひどくぼやけ薄れて曖昧で。要は、気分の問題だった。
くるりとひとつを回してみれば連動しては寸分の狂いも見せず、するりと滑るようにして、全てがぐるりと回った。

- 1 -


[*] | []