[追記]
忘れ物をしたわけでもないのに、何故教室に向かわなくてはならないのか。教室になにか細工でもしたのか?しかしそのような時間はなかったはずだ。 歩きながらさまざまな可能性を考えるが、どれも納得のいく回答にはなりえない。無駄な労力にこそなるが害はないだろうと、すっかり闇に包まれた教室のドアを開けた。
ぱちりと明かりをつければ、俺の机の上に見覚えのない袋が置いてある。それがなんなのかは、今日と言う日を考えれば想像に容易い。今更喜ぶような歳でもないが、送り主に礼は告げねばならぬ。そう思い、袋の中に入っているだろうメッセージカードを探そうとしたが、プレゼントの方に目を奪われた。 まさかこんなものを送られるとは思わなかった。なかなかいいセンスだと口元が緩んだが、カードからわかった送り主に明かりを消すことも忘れて教室を飛び出した。
こんな時間に学校に残っているはずがない。そう思ったが、一ヶ所だけ残ることを許されている場所がある。それが、中学から大学まで一貫して使える図書館だ。あそこは大学生の利用もあるため、それなりに遅い時間まで開放されている。そこにいる可能性も低いが、実際にいないのなら明日告げればいい。 図書館に足を踏み入れる直前、図書館から出てきた人物が息を飲んだのがわかった。
「柳、さん…どうして、」 「お前がここにいる確率は18%ほどだった」 「それは、かなり高い確率ですね」
これはそれほど高い確率ではない。もっとも高かったのは既に帰宅済みの確率だったからな。
「柳さんは図書館になにか調べものでも?」 「はぐらかさなくてもいい。これの礼を言いに来た」
軽く袋を持ち上げれば、ばつが悪そうに目を逸らされた。
「少し前から妙だとは思っていた。今までは高確率で鉢合わせていたのにそれがここ数日なかったからな」 「それは…え?待って、確率?」 「なんだ、気付いていなかったのか?お前の行動パターンや時間割り、その他諸々から確率を弾き出していなかったら、いくら同じ校舎とは言えあんな頻繁に会うことはないだろう」 「それもそうですけど」
鈍い方ではないと読んでいたが、それはあながち間違いではなかった。今回は逆方向に進んだようだが誤差の範疇だろう。
「いつまでもここにいるわけにいくまい。駅まで送ろう」 「あ、はい。ありがとうございます」
促してようやく駅へ向かうが、それもたいした距離ではない。
「この為に俺を避けていたのか?」
前振りもなにもなしに話を始めれば、細い肩が小さく跳ねた。
「そんなつもりはなかったのですが、」 「俺を避けて精市や丸井に相談していたんだろう?」
これは確信に近い。サプライズをするのなら本人に隠さなくてはならず、かつ本人に近しい者から有力な情報を得るのは当然のことだ。
「…不快な思いをさせてしまい、すみません」 「不快と言うほどのものでもない」
これがなんであるか、わかっていて言えないのは己のプライド故か。
「プレゼントは嬉しかった。ありがとう」 「あ、遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」
今後も同じことが起きる可能性はあまり低くない。それなら、俺が今するべき事は一つだろう。
「誕生日ついでだ、いくつかワガママを言ってもいいだろうか?」 「無理難題じゃないなら、いいですよ?」
最適ではないが、それほど悪くもないだろう。
「俺に関することは、今後全て直接聞いてほしい」 「え」 「今回はさすがに焦った」 「あの、柳さん?」
ふむ、よくわかっていないようだな。鈍くはないが、察しがいいわけでもなかったのか。
「丸井や精市と口を利くなとは言えないが、不愉快だ」 「…なんか、ごめんなさい」 「いや、いいんだ。そう言うものだからな」 「は?」 「そうだな…お前の誕生日、その日一日俺にくれないか?」 「いや、あの、ちょっとわかんないんですけど」 「それ以外も全部というのはさすがにやめておこう」 「ありがとうございます…?」 「しかし、お前の誕生日だけは譲りたくない」 「理由を聞いても?」 「簡単なことだ。俺以外の男に祝われるお前を見たくない」
困惑した顔に色がさし始めた。ここまできて、ようやく意味がわかり始めたらしい。
「あ、の…え?」 「好きだ」
ふらり揺れる右手を拐い歩みを止めれば、引っ張られるように足が止まる。驚きであげられた顔は、暗がりでもわかるほどに赤い。すぐに俯いてしまったが、そんなちょっとした動作にも愛しさが募る。
「情けないことに、お前のことに関しては希望的観測が含まれて、正確な数値が出ないことも多々ある」
一般的に期待と言うのだろう。俺の思うままの回答だったらいいと、思ってしまう。
「わっ私は、その、わかりやすい方だと、思うので…た、ぶん…」 「聞かせてはくれないか」
意地悪が過ぎただろうか。しかし、本人の口から直接聞きたいと思うのも道理。
「あ、の……す、きです」
目を逸らされて蚊の鳴くような声で紡がれたそれは、普段の生活では得難い衝撃を与えた。
「だから、あの、その、」 「俺と付き合ってくれ」
こういう時は目を合わせるべきだと思ったし、なによりその顔を見たかった。そう思ったのは間違いないのだが、ああ、見なければよかった。これは…堪えるものがある。
「…はい」
緊張から赤く染まった上に溢れんばかりの涙を湛えて、それでいて綻ぶように笑うところなんて想像もしなかった。 まだ20どころか18にも満たない俺に言えることではないが、俺が守っていきたい。こいつの表情は、そう思わせるに十分だった。
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