[追記]
幼馴染みとは、ある種面倒な関係性だと思う。周囲からのなんやかんやは幼馴染みの名目で大概打ち消されるけど、それはいつまでたっても幼馴染みの枠から出ることができないことと同意。 そもそも、小学校の時はかわいかったのにいつの間にか背は伸びるし、ついでにかっこよくなって騒がれるってなんなの。と言うか今更蓮二のかっこよさに気付くとか遅すぎるんだよ。私はかわいい時代から気付いてましたけど。 今日も今日とてデータ整理に精を出す蓮二の横で、少し前にお迎えした仔猫と遊ぶことに撤する。私猫と遊ぶのうまいんだからね。
「なにをそんなに苛ついてる」
ふと蓮二に話しかけられて、なんの事が理解が追い付かなかった。
「いつもより猫じゃらし捌きが荒い。大方なにか考えていたら、引っかかる事でも見つかったんだろう」
ホント、こういうところ。
「別にいつもと一緒だもん」
たぶん、と言うか確実に。蓮二風に言うなら「私のデータなんて取り尽くしてる」と言ったところだろう。でもそのデータが万能じゃないことも知ってる。しかし、どんなに聞かれたところで答えるつもりがない私は、床に転がって仔猫を胸にのせて遊び始めた。大きくなったらこんなことできないもんね。今のうちだよ。 歩きづらいのかよたよたしながらも、胸の間で丸くなることに決めたらしい。たまに私を見て手を伸ばすから遊ぶけど、絶対に爪は出ないし本気で噛んだりもしない。保護猫って言ってたけど、かわいいし賢いしさすが柳家の猫だわ。
「スカートで膝を立てて寝るな」 「膝にのせて遊んでても同じことになるよ」 「全く違うだろう」
データ整理は終わったんだろうか。呆れたような声で言われたけど、改めるつもりなんてない。 きっとそれも分かってる上で蓮二はどうにか私を起こしたいんだろうけど、無理矢理起こそうにも、仔猫が乗ってるからそれもできない。仔猫を退かそうにも、乗ってるのが胸の上だから退かすこともできない。 せいぜい困ればいいのさ。私はいつも困ってるんだから、少しはその気持ちがわかればいいんだよ。 …いや、蓮二にわかるか?なんかわかんなさそうだわ。別にいいけどね。
ふと、仔猫が焦ったように胸の上から飛び降りた。何事かと思ったけど、私が動くより早く影が射した。
「ちょ、と、蓮二なに」 「言っても起きないのだから、こうするしかないだろう」 「いやワケわかんないし近いんだけど」
目の前に逆さまに出てきた蓮二の顔にビックリした。少し動けば蓮二の髪が顔をくすぐるから早急に離れて欲しい。
「データをまとめる背後で想い人が他の男といちゃついていたら集中できるものもできないだろう」 「は?」 「お前には言ってなかったが、あいつはオスだ。引き取る際に去勢済みだがな」
蓮二にかぎって言い間違いとかないだろうから1回スルーしますけど、相手猫だしなに言ってるの?と言うか、え?予想外の事態なんだけど。
「よそ見をするな」
無意識に視線が逃げようとしたんだろう。蓮二の手が私の顔に添えられて、強制的に視線を合わせられる。普段伏せられて見えることが少ない色素の薄い目に、私の黒い目はどう映ってるんだろう。
「異性と付き合ったことがないのが丸わかりだな」 「うるさい!」
蓮二相手になんでわかったのかは問わないけど、今明らかに顔が赤くなった自覚はある。 だって、好きな人がいるのに別の人と付き合うとか出来るわけないじゃん!なんて言えないけど!そもそも近いんだけど!
「だからこそ無防備なんだろうが、そろそろ改めた方がいい」 「そんなの、言われなくても」 「わかってないからこうなってるんだろう」
輪郭をゆるりと指でなぞられて、なにかぞくりとしたものが走った。
「お前は知らないだろうが、男は大抵女子に対して後ろ暗い事を考えてるものだ」 「な、にを」 「それを知られないよう、ずっと露払いをしてきたのだから、お前は知らなくて当然だが」
意味がわからない。いや、わかるようなわからないような、ソワソワするような妙な感じ。
「じゃあ、蓮二も考えてるの?」 「そうだな」 「露払いって、なに?」 「そう言ったことを教えるのは俺だけでいいからな」
答えはすぐそこまで出てる気がするけど、テストみたいに確実な回答があるわけじゃない。だから正答かどうか自身が持てない。でも近いような気がしてる。ダメだ、頭パンクする。
「そろそろ限界か」 「うん。だから簡潔に説明して」 こう言うのもダメなんだろうな。つい蓮二に回答を求めちゃう。
「今日と言う日に伝えるのもどうかと思うが、これを期に他の男を頼るのをやめて欲しい」 「頼ってた?」 「俺がいない時、精市や弦一郎に頼る節があるだろう。その度に何度耐え、精市に笑われたことか」
だってあの二人だったら蓮二が信頼してる人だし、大丈夫かなと思ったんだもん。
「お前が頼る男は俺だけでありたい」
…それって、そう言う解釈でいいの?違ってたらものすごく恥ずかしいんだけど。
「今思ってるまま受け取って構わない」 「やだ。ちゃんと言って」 「好きだ。俺の隣にずっといて欲しい」
う、わ…
「それ、プロポーズ?」 「そう受け取ってもらえるならありがたいな」 「まだ未成年だけど」 「婚約があるだろう」 「付き合ってもないのに?」 「見合いだったらありえるな」 「当てはまらないけど」 「そんなにプロセスが気になるなら、これからそれらしいことをしていけばいいだろう」 「もう」 「で、俺の隣にいてくれるのか?」
ああ、びっくりしすぎて返事忘れてた。
「返事なんてわかってるくせに」 「概ね予測はついているが、やはり直接言われたいものだな」
わかるけど、いざ言うってなるとやっぱり恥ずかしい。
「…返品不可なんだからね」 「それはこちらの台詞だな」 「浮気したら輪郭変えてやるんだから」 「そんな暇はないだろうな」 「私より先に死んでも許さないから」 「お前を残して死ねるものか」 「私だって、ずっと蓮二と一緒にいたい…っ」 「感情が高ぶると泣く癖は、いつまでも直らないな」
ああ、もう。本当にやだ。本格的に涙が出て止まらなくなってきた。 蓮二がどいたからようやく私も起きたんだけど、なにを勘違いしたのか、また遊んでもらえると思ったらしい仔猫が近寄ってきた。場違いにも程があると思いながら、その無邪気なかわいさに顔が緩んだ瞬間。蓮二の腕に引きずり抱き寄せられ、そのまま閉じ込められた。
「ちょっと蓮二」 「舌の根も乾かないうちに浮気か」 「蓮二の猫でしょ」 「猫でもオスだ」
心狭すぎない?
「どこに笑うところがあった」 「なんかかわいいと思って」 「お前の方がかわいいだろう」 「そう言うの禁止」 「それは聞けないな」 「もう」
蓮二の手が仔猫の頭に伸びたと思えば、もう片方の手が私の顔を上げさせた。それに対して、疑問を持つより早く蓮二と私の影が重なった。
「いきなりやめてよ」 「事前に言えばいいのか?」 「それもやだけど…なんか、蓮二嬉しそう?」 「ずっと欲しかったものがようやく手に入ったんだから仕方ないだろう」
いつからとか聞いたら私が負けそうだから聞かないけど、今も含めて負けっぱなしはなんかやだ。
「蓮二」 「なに、」
さっきは完全にやられたけど、今度は私から不意打ちでキスしてやった。 びっくりさせることは成功したけど、めちゃくちゃ恥ずかしい。やめればよかった。
「た、誕生日おめでとう」 「誕生日だしもう一度してもらえるか?」 「やだよ!」 「どうしてもダメか?」 「ダメ!」 「なら仕方ない」 「は、んぅ!?」
無理矢理、と言うには優しすぎるそれに抵抗なんて意味がない。そもそも力で蓮二に勝てるなんて微塵も思ってない。 されるがままでいることしばらく、緊張やらなんやらで頭がぼんやりした頃。ようやく蓮二が離れてくれた。離れたのは顔だけで、動けない私を抱き寄せたまま頭をずっと撫でてるんだけどね。 客観的に考えたらこれホント恥ずかしいんだけど!
「さて、明日からが楽しみだな」 「なにが?」 「お前が気にすることではない」
まぁ、蓮二が嬉しそうだしなんでもいいか。
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