夢の中は本当になんでもありだなあ。
いつも見る夢ってどんなんだっけ。俺は目の前に広がる光景に圧倒され、妙にリアルな草を踏みしめる感触と頬を撫でる風にそう思った。
夢は、起きたらほとんど覚えていない。どんなに残酷で夢見の悪いものでも、起きたばかりは何となく記憶にあっても1日も経てばそのほとんどを忘れ、次の日はまた別の夢を見たりする。

どうして人は夢を見るのかな。人生で初めてそんな疑問を持った。
それと夢の中で、これは夢だと思うことがはじめてだった。

「森…?」

都会に住んでいる俺は、どこか遠出でもしない限り見ないような大自然に囲まれていた。そりゃあ都会にも森はあったりするけど、こんなにも木々が生い茂り、風が吹くたびに音を立ててる。時折鳥の声が聞こえ、蝶も優雅に飛んでいる。
今、現実世界では秋だけど、夢の中では夏らしい。じんわりと汗が首筋を伝い、顔にパタパタと風を送る。

しばらく宛もなく歩いては見たけど、森が途切れることはない。同じ場所を通っていると言われても納得する程度にはずっと同じ風景が続いていた。山で遭難する気持ちも分かるなあ。
「参ったなあ」ぽつりと呟いても返事はない。夢の中の俺はいつもだいたい何かをしていた。いや今も歩いているのだが、何かに追いかけられていたり話していたり。夢の中でこれは夢だと思えるほど忙しくなかったことはない。

そのうち歩いていると、前のほうに大きな木が見える。こういう大木ってアニメでよく見る。何かしらが封印されていたり特別な力がありそうなやつ。
大木は、目の前に来ればその大きさに度肝を抜かれる。これぞファンタジー。どうせ忘れるけど目に焼き付けておこう。
しばらく見つめて、疲れてきたからその木の根元に座り込む。日差しが少し遮られ涼しい。
暇をつぶせるような持ち物はない。あるのは体と服だけ。あと俺の半身とも言える眼鏡。これは割と大事なもの。

「あー…暇だ」

とてつもなく暇である。退屈この上ない。早く夢が醒めないかなあ、なんて思いながらごろんと横になる。芝生のおかげで硬いけれど寝れないほどでもない。
それに木漏れ日が降り注いで温かい。というか暑い。恰好は秋服のままで、長そでをまくって腕を目の上に当てる。眩しさはこれでどうにかなった。
風が気持ちいい。暑いから余計に涼しく感じる。このまま寝転がっていれば眠くなって、目を覚ましたら夢が醒めてるなんてことになってるに違いない。

「あれ」

それから少し寝たらしい。目は覚めても、夢が醒めるなんてことはなかった。証明するみたいに空は赤く染まり、かなりの時間が経っているに違いないのに。そもそも夢の中だから時間の経過ってどうなっているんだろう。不毛なことを考え始めて、暇をつぶすしかない。

起き上がって大木に背中を預けて座る。辺りがどんどん暗くなり、都会じゃないので街灯も24時間営業のコンビニもないので一気に暗くなり始める。

「なんか…怖いな」

夢の中で襲われても実際に死ぬことはない。でも恐怖は感じるし、感じないで終わるならその方が良いに決まっている。急に冷えてきた空気に体も寒気がし、手で腕をさする。このままいけば真っ暗闇になるかもしれない。しかし明るい照明も火もない。火おこしなんてものもあるが生憎とやり方がわからない。この暗さでは枝を探そうにも何も見えない。
寝て起きたばかりで、眠気もこない。
どうしよう。困り切った俺は、急に木々の間からぼんやり光る輝きを見た。
それはだんだんと大きくなっていく。森で考えられるのは獣か人だ。そのうえで光を使うのは人間だ。

俺はじいっとそちらを見て、待った。

やがて俺は、考えが間違いであったことに気付く。いや人なのかもしれないが、獣の可能性もまた含んでいた。

「えぇ…?」

光を持つその巨躯は顔も体も人間だ。しかし頭からひょっこりと生えた耳は犬よりも大きい。髪も長く、灰色に染まっている。いかつい顔はイケメンだけど外国人のようだ。ほとんど人と言えるけど、その体を覆う鋼鉄と腰にある長い棒は少なくとも現代ではそうそう見ないものだった。
鎧と、剣?

「お前…何者だ。人間がなぜこんなところにいる」
「え…えーっと、志野です」
「シノ…聞かぬ名だな。もしや迷子か。抜けた先の村の人間か」
「村、というか」

一応人らしい。ワンワンとか言われたらどうしようと思ってたけど意思の疎通は出来た。

でも村って。けど夢と言ってもなあ。どうみても疑いの目で睨まれている。かといって村の人間って言って嘘をついたのがバレたらその刀で真っ二つかもしれない。っていうか歯もすごい。めっちゃ鋭いな。
座ったまんまではと思い立って相対しても、見上げるほどでかい。どうみても強そう。勝てない。この人に嘘をついたら最後ぶった切られそう。

人なのか…?尻尾もついてるし。

「ならどこから来た」
「もしかして、ココ入ってはいけない場所、なんですか」

イケメンはその時初めて眉を寄せて、むっとしたような顔をした。質問を質問で返したのが気に入らなかったのかもしれない。

「そうではない…」
「あの、えーっと…俺、ここで人を待ってるんです」

思わず嘘が出た。いや待ってることには変わりはない。人ではなく夢が醒めるのを。それに今すぐ醒めてもおかしくない。夢は急に終わるのだから。
しかしイケメンは微妙な顔をした。納得いっていないようだ。

「そうなのか?こんなところで」
「は、はい」
「見るに何も持っていない様子だが」
「なんか、お、遅れてるみたいです」

嘘に嘘を重ね。寒さとは別に冷汗が垂れる。ちょっと罪悪感。
イケメンは獣のような耳をぴくぴくさせて、こちらを凝視していたが溜息を吐いて「わかった」とうなずいた。よかった。

「これを、やる」

そのうえイケメンは持っていたランタンを差し出してくれた。イケメンさすがイケメン。怖いとか思ってごめん。
この暗い中で、一番ほしかったものかもしれない。いや1番は夢が醒めることだけど。

でもまあ、遠慮しないで受け取っていた。

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