シノは国立の図書館の奥まった場所にある本棚を前に、抜き出した本のページをぱらぱらとめくる。
シノと同様の異世界の人間についての文献。数は多く果たしてどれから読むのかは分からないため、一番後ろの、次のない本を取った。

しょっちゅうと言うほどでもないものの、たびたび現れるようで、もし発見した場合は国の保護下に入るため、王都へ連れてくるか王都への連絡が義務付けられているという。フレイムが言っていたとおりだ。
後ろの本を取ったのは間違いではなかったらしい。これまで現れた異世界の人間について詳しく記されている本の、最後。つまりはシノの一つ前にこの国に現れた異世界の人間。
その人は、女性でシノより歳が10近く上だったようだ。
さらに読み進めていくと、異世界の人間の文化や慣習が細かく書き留められている。それはシノの住んでいた日本そのものだった。日本、の文字を何度も辿る。

「…日本からが多いのかな…神隠し?」

昔話のようなものを口にしながらも、実際シノはこの奇妙な世界に来てしまった。それが神のいたずらか誰かの策略か見当もつかない。正直に言えば今でも長い夢なのではないかと思っている。
指先で文字を辿りながら、女性の情報を見つめていると、奇妙な文章を見つけた。

「異世界から来た人間は深い刃物傷を針と糸で縫い合わせ怪我を治す力があった…?」

それは治療だ。力と言うほどのものではなく、シノがいた日本のみならず世界で使われていた治療法。シノの友達がカッターでぱっくり切って保健室に行って帰ってきた時、その手に施されていた治療法。
当然、誰でも出来るというものではない。シノには出来ない。ただし学ぶことで出来る様になるものでもある。
ページを一つめくる。

「それまでは我が国では薬草による湿布で治療されていたが、医療界での革命とし…」

この世界、この国での治療法。傷が浅ければ何とかなるだろうが深傷を負えば難しいものだろう。魔法でもない限り薬草には限度があることくらいシノにも想像がつく。
シノはフレイムが腰に差していた剣を思い出す。あれで切り裂かれるか貫かれたら、薬草で治るとは到底思えない。

女性のその方法と知識は画期的だと綴られていた。女性はこの国の医師にそれらの方法と知識を指導し、その年以降死者は著しく減っていったという。

「お医者さんだったってこと…?」

それは正しかったようで、女性のもとに来た多種多様の病や傷を持った人々は次々に治療されていったと記されていた。相当腕のいい女医だったということだろうか、とシノは首を捻る。
けれど疑問が残る。女性は身一つでここに来た。ドラマでかじった程度の知識だが、人を治療するには針と糸だけじゃ無理がある。機械や薬の代用が効くものがあったとはシノには到底思えなかった。

しかし文献には女性は助けを求めてきた人を医師たちと力を合わせ、余すことなく治療をしたと記されていた。病や怪我に苦しむ人々を次から次へと救ったなんて、まるで神様のようだ、とシノは思った。

分厚い本を読みふけるシノは、静かに近付いてくる気配に気付かなかった。

「おや?こんなところに珍しい人がいらっしゃるようだ」
「う、わ…っ」

存外声が近く、すっかり気を抜いていたシノは突然のことに飛び上がりそうになったのを寸でのところで堪えた。堪えはした、しかし更なる衝撃にぽかんと口を開けて、目を剥いた。

そばにいた人物は男性か女性か、性別が咄嗟に区別はつかなかった。シノより幾分高い位置にあるその顔は惚けるほど美しい。
髪も、肌も、白い。雪のように、いやそれ以上に。汚れもくすみも一切ない。

しかしそんな美貌のそれより高い場所にある、とあるものに目を奪われた。次から次へと襲ってくる衝撃にシノは困惑するしかない。

ーー角?

黒い、カーブした角。まるでヤギのような大きな角。白と黒、その異様な存在感にシノはさすが異世界、とひとりで感動していた。

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