「ああ、そういえば…コンビニの男の相手は月が付くかもしれないですね」

ミツキ、の文字のツキを消して月を書く。
え?とエイドは兵藤を見た。

「ミは何かな…うーん、美?でも女の人っぽくなるし多分苗字なら…数字の方かな」

エイドの顔も見ず兵藤は三と書いた。
名前の漢字なんて、こじつけも合わせればいくらでも見つかる。どれが正しいかなんて本人に聞くまで分からない。だからこの瞬間までエイドに聞かれるまで気にしてこなかった。
そんな兵藤とは逆にエイドは青ざめている。エイドは微かに震える指で、この字の意味は、と三を叩いた。

3本線。スリーライン。この簡単な文字、この意味を知りたくない。そうであって欲しくない。もしエイドの嫌な予想が当たってたとしたら、目の前まで垂れていた糸口を掴み損ねていたことになる。

しかし兵藤はあっさり指を3本目立てた。

「スリーですよ、数字の」

最悪だった。馬鹿馬鹿しいほど迂闊だった。
霧がついに晴れていく。

「……私はこの組織について君に話さなかったことをこれほど後悔したことはない。この人生において、今、1番後悔しているんだ」

え?と顔を上げた兵藤は間抜けな顔をした。組織に関しての調べのついた情報は嫌になるくらい目を通した。とは言え量が少ない。暗唱出来るくらいに少なかった。

エイドの追い続ける組織は、かつてアメリカの太陽と呼ばれた女性大統領を攫った組織だ。その組織が認知された1番初めの事件が大統領誘拐。もうかなり前の事件だが、未だに大統領は見つかってない。
太陽失くして月は存在しない。その組織はアメリカの太陽を奪って、自分たちを月としてその姿をはじめて世界に知らしめた。
組織は様々な言語で自らを月と表した。

エイドはお似合いの名前だと思っていた。空に架かって人間を見下ろす月。いくら手を伸ばしても届かない月。追い続けるエイドを、FBIを嘲笑っていた。

組織にどれくらいの人間がいて、そのアジトはどこか。誰にも分からない。
分かっているのはその組織の上に立つ3人に幹部。月にボスはいない。3人の幹部がその組織を統一している。

そのうち顔が割れている男がいた。エイドたちが日本まで追いに来た“NO.3”と呼んでいる男。裏で最も暗躍している男だった。

「3番目の月。この名前が私には偶然に見えない」

監視カメラに映ったあの男。その付近のラブホテルにいたコンビニ店員の男と連れ。あり得ないと信じ込んだ。あの3番目の男の行動とは思えなかった。
あっさり情報を零したコンビニ店員と寝るなんて今までになかったことだった。

すべて予想外。男の行動とは思えない。それをさせるほどの何かがコンビニ店員にあるとしたら。

裏組織の男たちは理性でしか動かない。鉄のように硬いその理性。それを唯一打ち崩す存在があることをエイドは予想しなかった。

「運命の番か」

何も見えないほどの濃い霧が晴れたような感覚だった。
わざわざ監視カメラに映ってまで見つめたかった相手。ラブホテルなんて人の目に触れる場所に連れたのは。

ーーここに来た時は元気なかったが。

ラブホテルの受付の女性はそう言った。

「発情期、か」

危険を冒してまで、すぐさま喰らい尽くしたい相手。すべてを予定外にさせる相手。理性ではなく、本能で動かされる相手。

予測しなかった。前例がなかった。運命の番を探す組織の男なんて。

しかしこの件が後に、前例となる。
世界中でオメガが次々と姿を消す事件の。FBIはそれをオメガ狩りと呼ぶことになるとは、今のエイドたちはまだ知らない。

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