「はあ、外れでしたか」
帰りのジェット機。スーツのネクタイを軽く緩めたエイドは何とも残念そうにそう呟く。
コンビニの男が言った男はおそらくエイドたちの追っている犯罪組織の幹部ではないだろう。名前も関係もぺらぺら喋るような男は好みではないし、ましてやあんな犬小屋みたいなところに住む男なんて。
ーーあり得ないな。
執着する理由なんて見当たらないしましてや男だ。
今後、あの男が写る写真なんて早々見つからないだろう。今までもそうだった。日本はたまたま彼らの手が届いていない国だったから記録が消される前に得られただけの話。
もう一度、ため息を吐く。
犯罪者心理に詳しいエイドたちが長年追い続ける組織は、いつだって煙のように手から溢れて逃げていく。行き先は風に流され見えなくなる。もう何年も組織の情報を得られていなかった状態からの、監視カメラの写真だっただけに悔しくてたまらない。
「中国のあのマフィアみたいに尻尾だしまくってくれると追う方も楽しいんだけどねえ」
中国の暗黒王。最も大きな組織はそのデカさ故に度々情報があり交戦もすることがある。そういうスリルが、エイドたちが追いかける組織にはない。
今こうしてジェット機に乗っている間も彼らは着々とその闇を広げてる最中に違いないのだ。
やれやれといった表情だが、エイドは燻る気持ちを押さえつけていた。
一方で兵藤は開いたメモ帳をじっと見つめていた。
エイドがちらと見るとそこには日本語でメモが書かれてる。元は日本人だが、会うたびにエイドは英語で書くように言っている。情報が共有しづらい。
それが治らないのはエイドが兵藤と組むことが今までなかったからだ。日本だからエイドは良い案内役として兵藤をつけた。だから今回兵藤とこの国に来たのだ。
それももう次はないのだろう。
「これはカタカナってやつかい?」
とん、とメモ帳の上を叩く。
「そうですよ」
平仮名、片仮名、漢字と日本語は難しい。覚えられっこない。いくら頭脳のあるエイドでも覚える必要のない言語を無駄には覚えたりしない。
限られた言葉を除いて。
「この文字は?」
「店員の名前です。こっちはその男の名前」
「日本人でも名前を聞いただけで漢字は分かったりしないのかい」
「読みが同じなものが多いですし、同じ名前の響きで漢字が違うなんてよくある話ですよ。先入観があったら嫌なので片仮名で書いているんです」
へえ。興味のなさそうな声に兵藤は拗ねた。
「私が書ける漢字はこれくらいかな」
エイドはサラサラと筆記体でも書くように、文字を描いた。
“月””太陽”
エイドがこの組織を追う上で、様々な言語のこの言葉を調べた。逸話、迷信。それらも。
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