刑事の2人がいなくなり、ホッと胸をなでおろす。話を聞かれただけなのに、なんだか嫌な気持ちになった。俺が卑屈すぎるだけかもしれない。

ぐ、と伸びをして、それから横になる。今日はもう疲れた。腰の奥がズキズキするしどうしても怠い。バイトのことは明日考えよう。妊娠してるかも調べないといけないし。
でも三月さんからお金貰えたんだし。今日は休もう。
ちら、と座卓を見ると封筒には厚みを感じるほどにお金が入ってる。
嬉しい。

うとうとし始めた俺を起こしたのは、さっきも聞いたインターホンだった。
え、またあの警察の人?滅多に鳴らないのに今日に限って2回目。何だろう。
痛い腰をなんとか持ち上げる。

警察の人じゃないといいな、なんか怖いし。
そう思って覗き穴を覗いた俺は「え?」と思わず声をあげた。
慌てて開けて、目の前の人物を見上げる。

「三月さん?」

そこには無表情の三月さんがいる。
三月さんはさっきも送ってもらったしこの部屋を知ってるのも当然だ。でもさっき送ってもらったばっかりなのに、何かあったのかな…?

「もし」
「……?」
「海外に住むならどこがいい」

え、なにその突拍子もない話。ぽかん、として、それからえーっと、と言葉を選ぶ。何の話だ。
海外なんて行ったこともないし、てか英語喋れないのに。なんで住む話になるんだ。

「ぜ、全然詳しくなくて…どこでも」
「そうか」
「えっと…何でですか?」

三月さんは無言だ。旅行の行き先を俺に委ねる理由も分かんない。そのために俺の家に来たのか。あの警察官のすぐ、後に…あ、警察官のこと聞いてみようかな。

「あの、さっき警察の人が来て…写真を見せられて、見たことないか?って。それで三月さんに似てるかもしれないと思って、名前とか…どういう関係か、とか話しちゃったんですけど…」

やっぱり話すべきじゃなかったかもしれない。だんだん話している間、三月さんの無表情にやってしまったんじゃないかと思った。

「そうか」
「へ?…あ、はい。あの、大丈夫ですかね」
「もう、問題ない」

もう?
不思議な言葉だった。今は問題ない?じゃあその前まで問題があった?
…あの写真の人は本当に三月さんだった?

「この国を出る」
「…え」
「時間がなくなった。今すぐに飛ぶ」
「あ…そう、なんですか」

飛ぶ、ってことは飛行機?日本から出るってことかな。
三月さんは本当に警察官に追われるような、犯罪者だったのか。
じゃあ、お金はもう貰えないのかな。俺の心に浮かんだのはそんな言葉で、自分のことしか頭にないんだと思い知らされる。確かに、そんな自分のことばかりの貧乏で馬鹿なオメガは捨てられて当然だ。
これから、どうしよう。
急に目の前が真っ暗になったような。

「ええと…いきなりですね。じゃあ、いってらっ、しゃい」
「お前も行くんだ」
「え」

ぐい、と腕を引っ張られてよろける俺の腰に腕が回る。そこ地味に痛いです三月さん。
じゃなくて、え、俺も海外に行くの。そんな急に、なんで。

「あの、ふ、服とか、携帯とか…!」
「そんなものいらない。持っていったところで捨てるだけだ」

なんで、そんな。
呆然と引っ張られるだけの俺は、三月さんに車に押し込まれる。運転手がもう中にはいた。
あまりの急激な展開に目を回す俺に、ずきずきと痛む腰が現実だと分からせていた。

home/しおりを挟む