「ラブホテルねえ」

エイドは寂れた路地裏に、変に意匠の凝ったピンクと赤と白をふんだんに使われた建物を見上げて、首を捻っていた。

エイドと兵藤の追う男は滅多に痕跡を残さない。セックスに使う場所も物も、人ですら。
かつて男とセックスをしたという女を尋問したことがあったが鍛え上げられたスパイかのように、脅しても気に触ることを言っても飄々とした女だった。

そんな男がこんなところに?痕跡も残りそうだしカメラもある。

「まあ1人でも入れますしね」
「1人で入ると目立ちそうなものだけどねえ」

2人は一歩、踏み入れた。
外観こそ凝っていたが中は黄ばんだ壁とひび割れ。欠陥住宅みたいで、兵藤は顔を歪める。妙な匂いが気のせいだと思いたい。

エイドは入った先のフロントが有人なのを見て、あり得ないな、と1人で納得した。寂れたラブホテルには珍しく人がいる。そして見上げるとやはりカメラがある。

「すみません」

兵藤が手帳を見せると、気配が身じろぐのが伝わる。動揺しているが、何か思い当たるというよりは突然の非日常に、警察手帳に驚いただけだろう。

「とある人物を追いかけているのですが、この写真の男が最近見かけませんでしたか?」
「…覚えてないねえ…あたしは目が悪いんだよ」

受付の40は越えただろう女は、嗄れた声で応える。眼鏡の奥の目つきは不審げだ。
その目はじろじろと不躾にエイドを見つめていて、それににこやかな笑顔で返す。

「そこに監視カメラがありますよね。確認したいことがあるので見せて頂けませんか」
「それは壊れてるよ」

え、と兵藤が振り返る。カメラを見上げると確かに起動ランプは点いてない。

「付け替えないんですか?」
「お金が掛かるんだよ。わかるだろう?このホテルの利用者も減って火の車だよ」
「それはそれは…もう1度写真を見て頂けませんか」
「何度見ても同じだよ」

シッシッとでも言い出しそうな様子にエイドも苦笑いを浮かべる。

「1人で来た男はいませんでしたか。もしくは気になった客とか」
「いないね。胸糞悪い顔があったけど」
「胸糞悪い?」

女は目元にしわを寄せ、鼻の穴を広げる。

「あの男、あたしの前でレジを止めたんだよ。おかげで10分も待ったよ。昼時の休憩時間だって言うのに、最悪なコンビニだよ」
「コンビニの店員さんが来たんですか」
「たいしていい顔じゃなかったが男連れだったね、と言ってもここに来た時は元気なかったが」

兵藤は1度会話を止めてエイドを見つめ、英語で話す。女は奇妙なものを見る目つきで見つめた。
エイドはコンビニに引っかかった。この辺にはコンビニが山ほどある。前回の監視カメラで男が映った範囲にも、もちろんある。
この辺りの聞き込みで最後の場所であるラブホテル。何とか強引にでも繋げたい。

どこのコンビニか尋ねるように伝え、兵藤は女からコンビニを聞き出し、ラブホテルを後にした。

home/しおりを挟む