この前のように意識を失うなんてことはなかった。正直めちゃくちゃ眠いけど、後処理までしてもらうのはなんか違う。
とはいえふらふらと頭を揺らして眠くなる俺を結局三月さんが身体を拭いてくれる。俺は力が入らないし、今にも寝てしまう。もう半分くらいは寝てる。

「身体は辛いか」
「ん…いえ、」

咄嗟に嘘をついた。やましい気持ちはなかったのに。
本当は身体がギシギシ言うし、手も足もちょっと動かすだけで筋肉痛のような怠い痛みが走る。
またバイト休みそう。そしたらクビかな。でもお金入るし良いかなあ。
それに、そろそろだし。

「…発情期はいつ来る」
「あ…えっと、もうすぐ、です」

周期的にもうすぐ発情期が来てしまう。始まったら最後薬を飲んでひたすら部屋で耐えるしかない。鍵をしっかりかけて、耐える時間。その間は言うまでもなくバイトなんて出来ないし、外にも出れない。

ある程度食料を買い込んでおかなきゃいけないし、準備もいる。
なんて面倒な性なんだろう。

首を動かすとツキンと痛んで、それでも三月さんを見上げると無表情の中にも心配の念が浮かんでいるように見える。気のせいかもしれないけど。

「気にしないでも大丈夫です。そんなに、重くない方だと思うし…お相手は、出来ないんですけど」

発情期の最中なら、中に出されたら妊娠する可能性がある。お金のない俺がうっかり孕んだらシャレにならない。
だから、三月さんも俺の発情期のタイミングを聞いたんだろう。子供なんて出来たら面倒だろうし。

三月さんはいつもみたいに鼻を鳴らして、上着のポケットから財布を出す。黒い厚い皮で、ぴかりと輝いている。なんか俺より価値がありそう、なんて変なことを思った。
そこから何枚も諭吉の顔がひょっこり出て来て、俺は思わず「うわあ」と言っていた。
それが何枚も、俺はごくりと唾を飲み込む。

これからまたしばらく潤う。何を食べよう、なんて考えていると三月さんはそこから枚数を数えもしないでごっそり取り出した。
ぐにゃりと真ん中で折って俺の膝の上に乗せる。

どう見ても、15枚を超えた枚数だ。
中に1000円札でも混ざってるのだろうか。でもみんな同じ顔だし違う。
そこから5枚ほどお札をつまんで、三月さんに突き返す。

「ちょっと、多いと思うんですけど」
「これから発情期だろう。多めに持っておけ」
「でも、こんなに…」
「気にするな」

んな無茶な。
突き返した手の中のお札には見向きもせずに、三月さんは軽く俺の頬を抓って、もう一度気にするなと言った。
引いてくれる気配もない三月さんに俺は渋々その手を下げた。ちょっとだけ嬉しいなんてことはない。断じてないからな。

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