「唐突だが、」

家族で夕飯を食べていると、父が真面目な顔で切り出した。隣に座る母も真面目な表情をしている。
私はわけが分からず、箸を進めた。母の作った料理は今日も美味い。

「父さんと母さんは単身赴任になった」

「…どのくらいなの?」

「一年よ」

母の応答に思わず箸を落とす。片親だけ出張なら一年という期間は頷けるが、両親が一年も家を空けるとなると不安が募ってくる。二人とも単身赴任とは運が良いんだか悪いんだか。正面に座り、食事をしている両親を交互に見つめる。
私は家事はできるし一応料理もできる。一人で生活する上でのスキルは大体、習得している。まぁ、いい機会だ。いずれは一人暮らしをする身。生活して学べることもあるだろう。

「名前はもう高校生だから一人で生活することくらい苦じゃないと思うんだけど…」

「女の子がこんな一軒家で一人暮らしは危ないからな。助っ人を呼んである」

ちょっと過保護じゃないだろうか。落とした箸を拾いながら相槌を打つ。助っ人とは一体誰なのだろう。祖母のチヨバア辺りだろうか。

「その助っ人って誰?」

「サソリ君よ」

にこやかに答える母。サソリ君って…あのいとこの?いとこ、と言っても私とは18歳差。一回り以上も違う。

「昔、よくサソリ君に遊んでもらってたわね」

確か、私は彼のことを「サソ兄」と呼んでいた記憶がある。ちなみに最後に会ったとき彼は美術系の大学に通っている学生だった。今では計算すると35歳。立派なおじさんと言える。

「次の日曜にサソリ君が来る。仲良くやってくれよ、父さん達は月曜に家を出るからな」

今日…土曜日なんですが。いくらなんでも急すぎる。



ピンポーン、と家の軽快なインターホンが鳴る。遂に来た。会うのは何年ぶりだろうか。緊張してきた。

「名前ー今ちょっと手が離せないから出てちょうだい」

「そんな」

私に出ろと言うのか。顔すら曖昧にしか覚えていないいとこに久しぶりに会うのというのに、出迎えろと。ハードルが高い。

「…よし」

意を決して玄関に向かう。もうどうなったって知らない。35歳のいとこが怖くて高校生やってられるか。自棄だ。
玄関の戸に手をかけ、開く。

「……」

「…お、お久しぶりです」

戸を開けるとそこには黒くて大きなボストンバックを肩にかけた赤毛のイケメンが立っていた。それは自分の曖昧な記憶の中での「サソ兄」そのものだった。なんだかあまり老けていないような気がする。

「名前か」

「あ、はい」

「デカくなったな。いくつだ」

「17です」

へえーと言いながら私の頭から爪先までじっくりと見る。不覚にもその視線を意識してしまう。目を覚ませ自分、相手は三十路の男だ。

「と、ととととりあえず、上がってください」

「ああ」

なんでどもってしまったんだろう。我ながら情けない。彼が玄関に入ってくるといい匂いがした。いい匂いがする35歳なんて見たことも聞いたこともない。もしかしたらこの人本当は35歳じゃないのかも…

「おい、いま俺に対して失礼なこと考えてんだろ」
「いいえ!」

これから一年間この人と暮らすことになるのか。無理だ。


(110824)
(150517)加筆修正
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