何かに満足したのか、兄さんは私の背中に回していた腕をゆっくり解いた。

「…ただいま」

そう言うと兄さんは私の頭を撫でながら口を開く。

「おかえり」

浮かべられた笑みに目眩を覚えた。
兄さんと横に並んで居間へと足を進める。黙って歩いているとふと、昨夜の出来事が頭をよぎった。途端に顔が熱くなる。嗚呼、何故このタイミングで思い出してしまうのか。思い出したからには聞くしかない。私は意を決して口を開いた。

「昨日、」

「寝る前の挨拶だ」

あまりの速答に躓きそうになる。まだ昨日としか言っていないのに。
額へのキスは友情や祝福を意味する。だが、あの状況ではそんな意味はない筈だ。では、どういう意味なのか。寝る前の挨拶にしてはやりすぎじゃないのか。
ちらりと兄さんの顔を見れば、いつになく無表情だった。さっきまで自分に抱きついていた人物とは思えないほどだ。

「…イタチさん」

「なんだ」

「何でもないよ、兄さん」

名前を呼んだ瞬間、ただならぬオーラを醸し出す兄さんに産毛までもが逆立った。もしかして名前で呼ぶのは地雷だったのか。

「俺を名前で呼びたいのか」

ぴたりと歩みを止め、私を見る。漆黒の瞳には何の感情もなかった。

「いや、そういうわけじゃ…」

言葉を濁していると再び兄さんは歩き始めた。合わせて私も歩き始める。
居間の扉が見えてきたところで兄さんがゆっくりと口を開いた。

「お前が俺のことを名前で呼ぶなら、」

耳元に寄せられる唇。
私は思わず足を止めた。兄さんは扉に手をかけ、こちらを振り返る。

「俺はお前を妹として見ないからな」

薄い笑みを浮かべて扉を開いた。



(111113)
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