…さて。
頭に血が昇り、サソリさんの部屋から飛び出して来てしまったが…。兄さんの部屋は一体どこなのだろう。出ていく前に聞いておけばよかった。

「イタチ兄さーん」

試しに呼んでみるが当たり前のごとく返事はない。
私は仕方なく神経を研ぎ澄ませ、兄さんのチャクラを探った。



コンコン、と軽くノックをすると中から「入れ」と短い返事が返ってきた。この感じだと、来客が私だと分かったらしい。

「失礼します」

部屋に入ると長椅子に座った兄さんが出迎えてくれた。実際はただ座っていただけなのだが。
彼は自分の隣を軽く指差し、座れと言うような目を私に向けた。

「いつ、里を抜けた」

座ると同時にそう問う。その声色は淡々としていた。

「サスケが下忍になってすぐ…かな」

「動機は?」

「兄さん知っているでしょう?私は自分が納得いくまで世界を見たいの。木の葉にいたらそれは叶えられない。それに抜け忍の方が楽かなと思って」

「楽じゃなかっただろう」

漆黒の瞳が私を捉える。
確かに楽ではなかった。追い忍は私を殺すのではなく、木の葉に連れ戻そうとするからとても厄介だった。この数年間、追い忍を殺さず逃げ切っている私を誉めて欲しいくらいだ。

「…大変だったな」

兄さんが優しく頭を撫でてくれた。その手が懐かしくて、嬉しくて、先ほど堪えた涙が頬を伝う。

「もう会えないと思ってた」

「俺もだ」

「兄さんのブラコン野郎」

「泣きたいのなら泣け」

その言葉に涙腺が緩んだ。次から次へと止めどなく涙が溢れてくる。
私は兄さんにしがみついて声を上げて泣いた。
しばらくして涙もおさまってきたところだった。背中を撫でていた手が止まる。

「落ち着いたか?」

「…ありがとう」

「全く、いくつになっても世話を焼かせる奴だなお前は」

「相変わらず優しいですね」

私の言葉に兄さんは苦しそうな顔をする。優しい、は禁句だったか…。
となると、私が彼にさっき攻撃を仕掛けたとき言った言葉も色々と不味いかもしれない。だが、それでも自分は兄さんを憎んでいないと言うこと本人に伝えなければならない。例えその言葉が彼の心を抉ろうとも。

「私は嫌いじゃないよ、兄さんのこと」

「そうか」

「あなたがどんな犯罪に手を染めても絶対に嫌いになんかならない」

「……」

「サスケは、」

「正気かなまえ。俺はお前の親友の一族を殺したんだ」

サスケの話題を遮るように言葉を紡ぐ。こんなに動揺している兄さんを見るのは久し振りだ。

「あの、兄さん」

「犯罪者を兄と呼ぶな」

駄目だ、動揺のしすぎでおかしくなっている。そんなに私から嫌われて欲しいのかこの男は。ならば、はっきり言ってやろう。

「さっき、里抜けした私を心配してくれて更には泣きたいなら泣けと言ってくれた。この私にそんなことを言ってくれるのは兄さん、あなただけです。どうか、兄と呼ぶなと言わないで。私にとって兄さんは昔から今この瞬間もかけがえのない人なんだ」

兄さんの目が驚いたように見開かれた。



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