※現パロ
※娘設定
「お父さん、次の日曜は空けといて」
母親が早くに他界し、男手一つで育てた愛娘。幸い、性格は俺に似ることなく真っ直ぐ育った。
思い返せばコイツが反抗期や思春期の時には幾度も大喧嘩をしたものだ。今では微笑ましく思える。
俺は手にしている新聞の文面を頭に流し込みながら返事をした。
「分かった…なんかあんのか」
「ちょっとね。空けておいてよ」
携帯を上着のポケットに入れながら念を押す。次に肩にカバンを掛け、「いってきます」と言ってダイニングのドアを開けて出ていった。
その後しばらく新聞を読み、大体の記事に目を通し終わった。小さい文字を読んだからなのか少し目に疲れを覚える。
そんな信じたくもない自分の老化にため息を吐いて、自室兼アトリエに足を向けた。
自室のドアを開けると目に入ってくる陶器で創られた脚や腕、おが屑に埋もれている木造の胴体や頭。全て自分が造ったものだ。
それらをしばらく眺める。そして軽く伸びをし、作業机に向かった。
「風邪引くよ」
誰かの手が肩に触れ、ゆっくりと瞼を開く。窓に目をやれば空が赤く染まっていた。どうやら寝てしまっていたようだ。
「…おかえり」
まだ完全に開いていない目で娘の姿を確認し、何回か瞬きを繰り返す。
「ただいま。目が覚めそうにないなら顔でも洗ってきて」
窓のカーテンを閉めながら言った。
俺は頭を掻きながら椅子から立ち上がる。同じ姿勢で寝ていた為か、腰が痛い。
「今日は早かったな」
「バイトが休みなの。ほらお父さん早く!」
俺の痛む腰を両手で押してドアへと向かわせる娘。何をそんなに急ぐ必要があるんだ。
「なんだこれ」
テーブルの上には凝った手料理が並んでいる。一体どういうことだ。頭を捻りながら隣でニコニコしている娘の顔を見た。
…嗚呼、そうだった。
「誕生日おめでとう、お父さん」
今日は俺の誕生日だ。
年を重ねれば重ねるほど自分が生まれた日ってのはどうでもよくなる。今回だってそうだ。今朝読んでいた新聞の日付を見た筈なのだが、気付きもしなかった。
それなのに笑顔で祝いの言葉を述べる娘が愛しくて、自分の中で誕生日がかけがえのないものになってくる。
「言えば手伝ってやったんだが」
テーブルを彩っている料理を見ながらそう呟くと娘が「それじゃ駄目でしょ」とちょっと顔をしかめて言った。その表情を見ている内に段々と頬の筋肉が緩むのが分かる。末期だな、昔からだが。
「さぁ、食べようか」
「ああ」
椅子に座り、手を合わせる。
「…なぁ」
「何?」
「お前いつまでここにいるつもりだ?もう一人暮らしくらい出来んだろ」
「私にいて欲しくないの?」
「そうじゃねぇ。俺のことは気にしないで好きなことしていいんだぜ」
「…結婚とか?」
かたり、と手にしている箸が落ちた。
確かに好きなことをしていいと言ったが、その返答は予想外だ。
落ちた箸を拾い、流しへ放り込む。次に食器棚からまた違う箸を取り出して椅子へと座った。
「結婚するのか」
「お父さん大げさだよ」
「するのか、しないのかどっちだ」
「しないけど。今のは冗談」
「まぁ、俺と張り合えるくらいに美しい奴なら…認めてやらないこともない」
「ナルシスト発言そろそろ直してよね。あと私は顔で選ばないから」
浅いため息を吐きながら言った。これで顔と答えるようなら俺の教育は間違っていたということになる。
「流石は俺の娘だな」
そう言うと娘は照れくさそうに笑った。
見ていると愛しさが先ほどより一層増したような気がした。
「お前が幸せになれるなら俺はそれでいい」
「どうしたの急に」
「別に。ふと思っただけだ」
俺が箸を進める中で頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かばせる。
「…私も」
「ん?」
「私もお父さんが幸せならそれでいい。ずっと一緒にいるよ」
おかずを頬張り、にこりと笑う。
「馬鹿が。嫁にくらい行け。それが女の幸せってもんだろ」
「さっきあんなに動揺していたのに」
「あれは話が急すぎて少し驚いただけだ」
我ながら苦しい言い訳だと思う。少しどころじゃない、かなりだ。…こいつが結婚したら俺は一人か。悪くはないが、寂しいような気がする。だからといって俺に止める権利はこれっぽっちもない。
「そっか、婿養子をもらえば良いのか」
名案だ、と言わんばかりに声を弾ませる。そして自分の箸を俺に向けた。
「そうすればお父さんが寂しい思いをしないで済むし、家も買わなくていい」
絶対、後者が理由だろ。
箸こっち向けんな。
「皆が幸せになれるね」
「そうか?相手のことも考えてやれよ」
「お父さんみたいな美人が義父なら旦那も喜ぶって」
「やめろ気色悪い。つか旦那って誰だ。やっぱり相手いんのか」
「まぁそれは追々…」
「どこの野郎だ、連れてこい」
「今、結婚しろとか言ったばかりなのに。なにその殺気」
俺を睨みながらグラスに入っている酒を一口飲んだ。そういえばさっきから酒ばっかり飲んでんな。
「お前も俺が幸せならそれでいいっつったろ」
「…そうだけど」
更にもう一口。
おいおい大丈夫か。
「さっきから飲みすぎじゃないか?」
「大丈夫」
「どこがだよ。目の焦点合ってないぜ」
そう指摘すると俯き、片手で顔を覆う。数回深呼吸をして再び顔を上げた。顔は赤いままだが目の焦点は合っている。
「私は本当に、お父さんが幸せならそれでいいです」
真っ直ぐとした目だった。酒が回ってはいるが。
俺は真面目に言う娘が面白くて思わず吹き出してしまった。緩む口許を片手で押さえながら、もう片方の手を娘の頭へと伸ばす。
「俺はもう良いんだよ。お前が幸せになれ」
笑いを堪えながら頭を撫でた。
「もう何年もお前が幸せであるようにって思って生きてきたんだ」
でも結婚は少し寂しいかもしれない。
「お父さん、日曜日は二人で出掛けようね。私が車を運転するから」
あれから酔いが冷めたらしくテーブルを片付けている娘が嬉々として言う。
「俺を殺すなよ」
「殺さないよ」
まさか娘の運転する車に乗れる日が来るとは。これだけで俺は幸せなんじゃないのか、なんて親バカ的思考を頭に張り巡らせた。
今日は中々いい誕生日だった、
ありがとう。
食器を洗っている娘にそう告げれば、子どもの頃と変わらない笑顔で「どういたしまして」と言った。
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