拝啓 藍原夜空様
 お久しぶりです。元気にしていますか。
 手紙を書くのも本当にいつからぶりか覚えていないくらい久々だから、何を書けば良いのか分からんわ。こういうのって、自分の近況を書いたりするもんなんですかね。ということで、俺の近況でも書いていきたいと思います。三年になったからといっても別に大して何が変わったというわけでもなく、相変わらずギターとかネットいじったり、こうして相変わらず屋上で音楽聞きながらぼんやりとしています。強いて言うならば、先輩たちが卒業してずいぶん静かになったことくらいっすかね。まあそれは良い意味でもあって、そしてそれよりもうんと寂しいことでもあるんだと思います。たぶん。

 先輩が卒業してしまってからもう二か月程ですね。あれからというものの、俺は何度かこうして手紙を書こうとしたんやけど、やっぱり言葉が出てきてくれなくて、頭の中を整理させるのにも随分時間を要しました。今だって必死になりながら書いています。恰好付かへんけど。
 今でもよく思い出します。春先の屋上の風の匂いとか、ライブハウスの照明とか、マイクのハウリングだとか、そういった他愛もないこと。それから、先輩が初めて俺の前で泣いたこととか、本当は忘れてしまいたいことも。まあ、これから俺が大人になっていく中で、どうしてもそういった思い出だとかは薄れていっていくんだろうと思います。それでも、忘れたくても忘れずにいたいと、俺は思います。自分でもよう分からないけど。

 あの日先輩は、大人になんかなりたくないと言いましたね。俺は逆で、早く大人になりたかった。大人になって、先輩一人くらいかっさらえるような、大人になりたかった。こんなこと言ったら、きっと笑われるんやろうな。それでも、夜空さんが背負い込んでるものを抱えきれるくらいの大人になりたかったです。
 たとえ俺が大人になったとしても、先輩のことを支える、という言葉は陳腐やけど、そんなことが出来るのかな、と考えると、永遠に無理なような気がするけれど。大人っていうのは、何なんやろうな。書類にサインをしたら、何かを諦めたら、それは大人なんやろうか。それは違うよな。そう考えると、俺は一生夜空さんに敵う気がしません。

 これは何の手紙なんだろうか、ときっと先輩も読みながら思っていることでしょう。俺自身も分かっていないのだから、当然やけど。きっと、自分自身でも気持ちの整理をするために書いているんやと思う。
 そして、この手紙は俺の最初で最後(であることを願う)のラブレターです。
 中学生の恥ずかしい思い出として、読んだら破って捨ててください。あ、もしとっておいてくれるなら、いつか大人になったら俺に見せてやってください。それでいつもみたいに、大きく笑ってやってください。

 それでも、今、ここにいる俺は、夜空さんのことがすきです。夜空さんが何かに押しつぶされそうなとき、心の端っこに俺のことを思い浮かべて、少しでも救われてくれたなら、それがただ願いです。頼りにしてくれ、なんてそんなことは俺には言えないけれど、少しでも思い出してくれたら、それが本望です。

 書きたいことはまだ山ほどあるけれども、そろそろ終わりにしておきます。あーあ、随分恥ずかしいことを書いてしまったな。まあ、これくらい良いよな。思い出として、とっておいてください。さようなら。

敬具           財前光



 書き連ねた手紙は、宛先も書かずに郵便ポストに投函した。誰にも届くことはない。これから長い時間を生きていく中で、この思い出も彼女の記憶も、どんどん薄れていく一方だろう。それでも、今の俺は忘れずにいたいと思った。記憶が確実に遠ざかっていっても、繋ぎ止めていたいと強く、思った。「夜空さん。」声に出した彼女の名前は自分でも驚くほどに情けなかった。夜空さん、今、笑ってる?
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