太陽は高く昇り、空と海の蒼とが鮮やかに混ざっていた。もう夕方にもなるというのに日は眩しく、顔をしかめた。大体何で私が合宿に、そう呟けば隣で夕飯の準備をしていた江ちゃんは笑いながら、「夏帆先輩はそう言いながらも来てくれるって思ってました。」なんて言ってみせる。さすがは凛の妹、といったものか。
 彼らはというと、朝から散々泳いでいたというのに、まだ海で泳いでいた。「よくやりますねえ。」私の心中を悟ったかのように江ちゃんは言う。つられて私も溜息を吐いた。「そうね。」自分が呟いたその声は、今にも泣きそうだった。呟いてからしまった、と心の中で思う。夕陽が泳ぐ彼らを縁取り、海に反射した。私は、どうしてあそこに居ないのだろう。嫉妬と羨望で泣きそうだった。きっと私は何も変わっていないのだ。スイミングスクールに通っていた幼い、真琴の背中に隠れていたような子供の頃と。

―――

「持つぞ。」
 後ろからひょいとクーラーボックスを取り上げられた。「ハル。」珍しい、と口には出さないものの顔に出てしまっていたのか、ハルはいつものようにむっとした表情を浮かべた
「ありがと。」素直に従えば、それでいいと言うように頷く。長年の付き合いから無表情の彼の考えていることも大抵分かってしまう。反対に、彼も私の考えていることを分かってしまうのだろうか。それはどこか虫の居所が悪い気がした。
 浜辺を歩けば風が頬を撫でる。「夕方にもなれば風も出てきて気持ち良いわね。」ハルは答えない。代わりに唐突に話題を切り出す。「お前は、平気なのか。海。」人の話を聞かないのも、昔から変わらない。

「平気なのか、って、いうのは。」
 ハルはそのままの意味だ、と答えるのみだ。すぐ脇を見れば、だだっ広い海が広がっている。平気なのか、そう聞かれればすぐには答えられないけれど。
「…何も思わないわけじゃないけれど、もう大丈夫よ。」
 嘘ばかり吐く私の言葉の中でも、それは、本心だった。ハルは表情こそ変えないけれども、彼なりに考えてくれたのかもしれない。海を見れば、やっぱりそれはただそこに居続けていた。あの日と、変わらず。ハルが言っているのは、昔のあの海での事故のことだろう。祖父を亡くした、あの嵐の日の海でのことだ。「そりゃ、全く怖くないって言ったら嘘だけど。」当時はそれなりに海が怖くもなった。だけども、いつの日も変わらずにそこに居続けるから。「私は、大丈夫よ。昔のことだもん。」そう言ってみせると、ハルは小さく、「あいつと同じこと言うな。」と言った。心臓の内側から引っかかれたような感覚がした。
 あいつ、というのは真琴のことだろうか。テントの方に目をやれば、渚と玲くんと話している姿があった。「私より、真琴の方が。」言葉の途中で、胸がきゅうと音を発てたような気がした。私は何も変わっていないのだ。いくら去勢を見栄を張り、嘘を吐いたところで、どこにも行けない、何も変われない。

「あのね、ハル。」
 ハルは何も聞いてこようとも喋ろうともしない。ただ黙って隣にいるのみだ。「私の、一番怖いことは。」言葉の続きは、出てこなかった。それでも分かった、とでも言うようにハルは俯いた。潮の匂いが髪に絡みつく。真琴は海を、どう思っているのだろうか。「大丈夫なの。」私が聞けば、彼はいつだって目尻を下げて笑うのだ。「大丈夫だよ。」そう笑う彼は、どこか泣きそうにも見えた。

「真琴の、うそつき。」
 海は臆病な私を笑う。言葉の続きは、出てこなかった。大事なことはいつだって言えないままだ。




五話の合宿での話。遙と夏帆。夏帆のおじいちゃんは海での事故で亡くなっています。

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