ふわり、と身軽く全てをかわすかのように歩いてみせる彼女は、何故だか目立って見えた。ここにいるようで、ここにいない。そんな不安定な危うやを押し込めた、不思議な女の子だった。ひらひらと揺れる。


「あなた、雫のお気に入りの七海さん、ね。」
視線がこちらに向けられたことに怯み、「え。」声を漏らす。怯む私に構うことなく、彼女は近づく。ひらひらとリボンが揺れ、目を細めた。
「あ、あ。私、七海夏帆っていうの。えっと、よろしくね?」
焦っていつものように笑顔を取り繕った。手を差し伸べられたので、握る。ひんやりと冷たい、小さな手だった。思わず表情が曇る。その小さな隙さえをも見透かされているような気がして、何だか彼女の前に立つのが怖く感じた。

「人魚さん。あなた綺麗ね。」
一瞬自分のことを呼ばれているとは気が付かず、呆けてしまった。顔を上げると、彼女の瞳が射抜く。息を、飲んだ。「だけど、壁があるのね。」ああ、私はこういった類の人間が、苦手だ。私の薄っぺらい中身をも、見透かしてしまう。服の裾をぎゅっと握った。「なんの、ことかな。」声が震えていることに、きっと彼女も気が付いているだろう。もう一度その瞳を見る。真っ直ぐに私を見つめてくる、映す、ガラス玉のような瞳だった。それは真っ直ぐすぎて、逸らしたくなるようなそれだった。揺らめくガラス。
「…大丈夫。ひいこは、分かるから。」
上手く、笑えない。何も言えずにいると、薄く微笑んだような、気がした。「人魚さん。仲良くなりたいわ。」


夕暮れが眩しい。プールサイドに一人腰かけていると、一つの影が近付いてきた。夕陽が反射して、その顔はよく見えない。だけども、すぐに分かってしまったから慌てて視線を逸らした。水面はオレンジ色に、ゆらゆら揺れる。
「おんや、七海さん。一人かい。」
顔を上げれば、もうその表情は読めた。いつだって、私のことを見通すかのようにして微笑む。その目に映れると、どのような顔をしたらいいのか分からなくて、私はいつもたじろいでしまうのだ。ほら、今だって、あれほど普段取り繕った仮面も、脆くも剥がされた。笑顔の一つ作れやしない。
そんな私に満足げに魚棲先生は微笑んだ。


「ひいこに会ったんだって?」
「…は、い。」悟られたくなくて、彼から目を逸らして答える。ゆらゆら水面は揺れる。それでも思わず声が震えてしまったことに、きっと彼は気が付いているだろう。
「どうしてそんなに辛そうな顔をしてるんだい?」
「そ、んなの。」魚棲先生は、あくまで微笑む。この人は、意地悪だ。苦手だ。私の全部を見透かすから、汚いこの中身を、全て見つけてしまうから、泣きそうになる。もっとも、そんな誰かを私は、ずっと、待っていたのだけれども。誰にも分からなかった。誰も、だ。それなのに、魚棲先生は私を見透かしては笑う。

ずっと隣にいた彼にさえ、分からないのに。


「七海さんがそんなに辛そうにするのは、シャチくんのことだよね。」

とどめを刺される。一気に水中に身を投げられたかのような感覚に陥った。全身の血液が逆流したかのような、例えるであればそんな感覚だ。私は、泣きそうになりながら、何も言えない。
瞼の裏には、悠々と泳ぐ彼の姿が浮かんだ。ああ、鯱のようだとは、上手くいったものだ。「…真琴が言っていたことが、分かったんです。」面白い子がいるんだよ。思い出す。中々掴めなくてさ。ふわりふわり、揺れては浮かぶ。それでも、目が離せない子なんだ。いつだかそう言った真琴のその表情は、ずっと傍にいた私が、見たことがないものだった。

「分かったんです、わたし。真琴が。分かりたく、なかったのに。」
ぽとり、私の涙はプールに落ちては波紋をつくる。ぽとりぽとり、次第にそれは増えていき、それでも先生は「うん。」相槌を打った。「知りたく、なかった。」「うん。」何故だかそれは、普段の先生とは打って変わって酷く優しいから、私は余計、泣けてきたんだ。揺れる波紋は、どこかで見たことがあるなあとぼんやりと考えていたら、あの彼女のようだった。ゆらゆら、掴めない。あの女の子。きっと、私のだいすきなひとが、掴みたくて仕方がない、あの女の子に。





#ひーちゃん宅のひいこちゃん、雫先生お借りしました。
本当に好き放題やりすぎましたすみません…。雫先生と夏帆ちゃんの二人がすきです。まこひい←夏帆のイメージ。



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