水を、見つけた。
確か彼女のことを遙はこう言っていたような気がする。正しくは水のような女の子を見つけた、だろう。第一水に似ているとは、どういうことなのか。聞いたときはわけが分からなかったが、今ならば分かる。ああ、彼女は水に似ている。

それは彼女の海底を閉じ込めたみたいな髪色だとかそういったことも意味あると思うが、それだけじゃなかった。彼女の佇まい、存在そのものが、水のようだったのだ。
「奏ちゃん、だよね。クラス一緒の。はいこれ、プリント。」
にこり、我ながら完璧な隙のない笑顔だ。誰しもが私が笑いかければ同じように笑った。世の中は幾分容易いものだ。
それなのに、彼女は怪訝そうに眉根を潜めた。
「…どうも、七海さん。」
「あっ、夏帆でいいよ?奏ちゃん。」
「あ、あ。…うん。七海、さん。」
私と彼女の関わりはそんなものだった。ただのクラスメイト。だから、遙が嬉々として水のような彼女の話をしているときは、意味がよく分からなかった。別段、特別目立つわけでもないのに、あの遙が?理解し難かった。
だけどもそれも、私が教室でこっそり一人で泣いているのを見られるまでは、だ。


「……。」
まず私が泣いているのを見て、固まっていた。その表情からは、困惑が伺われる。ああ、いつものように何にも興味がなかったかのようにして、見なかったことにしてくれないだろうか。その日の私は誰かに優しくいつものように微笑み、仮面を被る余裕も何もなかった。
なのにその日に限って、彼女は暫く黙ってから私に話しかけた。


「…七海、さん?」

ぶわり、と堰を切ったかのように涙が溢れ出てきた。彼女は話しかけたことを後悔するかのようにぎょっとした表情を浮かべた。
「…何、なのよ。」
誰にも見られたくなかった。今は仮面を被る余裕も誰かに優しくする余裕も、ない。それなのに琴線に触れられて、止まらなかった。今目の前でこの余裕のない状況に話しかけてきた彼女を馬鹿みたいに恨めしく思った。

「も、う散々。誰も、私のことなんか分かっちゃいないわよ。」
「え、ちょっと…。」
涙で視界がぼやける。全部、すべてが、腹立たしかった。

「馬鹿みたい、み、んな。本当、」
馬鹿みたいだ。こんな私の猿芝居に騙されて、完璧だねすごいね、本当に、馬鹿みたいだ。「あ、んたにも分かんないわよ。私が、普段どれだけ必死に取り繕ってきたかなんて。」誰にも、分かりっこない。私がどんな思いで自分を繋いでいるかだなんて、誰にも分からないのだ。「…分かりっこ、ないわよ。」
夏帆。一番、分かっていてほしかった。いつも心配そうに私の名前を呼ぶ彼でさえ、分からない。


「…あのー、さ。何でそんな肩に力、入ってんの。」
彼女は困惑したように、言った。私は拍子抜けして彼女を見る。深い蒼が揺れる。今なら分かる気が、した。「そんなに頑張らなくて、いいんじゃ、ない?」

彼女は、水に似ている。身動きをとるのが難しくて、保てない。「あ、んたなんかには分かんないわよ。」「…うん、わからないけど。」私はまた、泣けてきてしまう。
辛かった。誰にも分かってもらえなくたって良い。それでも、完璧だと言ってくる周囲の人間も、それに応えようと取り繕う自分も、一向に振り向いてはくれない、彼も、全てが足枷で、息苦しかった。
私の無意味な八つ当たりの的となってしまったというのに、目の前の彼女は笑うでもなく慰めるでもなく、ただいるだけだった。それが何故だか私は酷く居心地良かった。


「…今、回のこと、他の人に言ったらぶっ殺すから。」
「べ、別に、言いやしないって。」
「…あんた、珍しいわね。」
普通の人だったら私のこの態度の豹変っぷりに驚くはずだというのに。そう言うと、彼女はまた困った顔して、そりゃ驚きはするけれども。そう髪に触れながら言う。海底が、揺れる。

「私、普段のへらへらしてるあんた、苦手だったし。」
「…今は。」
「今の七海さんの方が、ましかな。」

そう言ってのける彼女に思わず、笑ってしまった。やっぱり彼女は水に似ている。私が拒んだ、水。それでも、酷く居心地の良い、あの水に。
たった一人だけそう言ってくれる人がいるということに、随分呼吸が楽になった気がした。水面が揺れる。


「夏帆、でいいよ。」
そう言うと、彼女は口角を少し上げた。「…奏でいいよ、夏帆。」

確かに私は彼女の傍で泡の弾ける音を耳元で聴いた。弾けて瞬き消える。思わず目を瞑った。深い、深い蒼だ。遙も、この音を聞いたのだろうか。





#むう宅の奏ちゃんお借りしました。
分かりにくくなったけれども、余裕がなくなってるときに出くわした奏ちゃんに八つ当たりした夏帆。これを機に仲良くなるとかいいな。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -