「秋姫。」いつものふざけた姫呼びではないことから、零くんの真剣さが直ぐに分かった。掴まれた腕に触れた彼の肌は冷たく、ぞわりと肌が粟立つ。ハロウィンの仮装もあってか、いつもより一層彼が人間離れして見えた。

「おお、姫は魔女の格好か。似合っとるのう。」
「だから姫呼びはやめてってば。…そんなことじゃなくて、もっと大事な話があるんでしょう?」
零くんは「さすがじゃのう。」と満足げに笑ってから、「凛月のことなんじゃが。」と話を切り出す。表情はいつもの薄ら笑みは消えて珍しく堅いそれだ。最近の凛月は珍しく昼も起きている。それは一般的には普通のことなのだけど、彼らにとってはそれが致命傷なのだ。

「姫にとっては優しい陽だまりだとしても、凛月や我輩にとっては、しくしくと傷めつける刃なのじゃよ。」
零くんは寂しそうに言った。もう随分と長い間一緒に居たからすっかり忘れてしまっていたけれど、彼らとあたし達は根本的に交わらない世界の中にいたのだ。それは寂しいことでもあるけれど、きっとそうでなくてはならない。
「零くん、凛月はどこ。」
「姫なら大よその見当はついておるじゃろう。」
「…うん。迎えにいかなきゃ。」
「姫なのに、まるで騎士じゃのう。」
「待ってるだけなんて、あたしの柄じゃないんでね。」
頼もしい姫じゃ、と零くんは笑った。
塔の上で待っているだけなんて、眠りの中で夢を見ているだけなんて、あたしには堪えられない。あたしにはちゃんと足がある、背中を押してくれる人たちがいる。だから、きっとしゃんと走っていけるのだ。

**

音楽室の扉を開けると、凛月は気怠そうにあたしを見た。ハロウィンパーティーでも使用されていないこの教室の照明は暗く、青白く凛月を浮き立たせた。息を切らせているあたしに凛月は不思議そうに首を傾げる。その頬に触れると、零くんの体温と同じようにひやりと冷たく、小さく震えた。

「秋姫の手は、あったいねえ。」
「別に、普通だよ。」
「うん、そう。これが普通。それでも、俺には特別だから。」
凛月は自分の頬に当てられたあたしの手を握ったまま、ポツリポツリと言葉を落としていった。握られた二つの手の体温はちっとも似つかない。
「空っぽだった俺の中に、秋姫はこういう特別な温かさをくれた。多分、欲張っちゃったのかな。」
本来、昼の世界に交わることはできない。凛月の言葉は、静かな音楽室にゆっくりと、一つ一つ落ちていく。
彼と、あたしは違う。「それでも、」あたしの言葉に驚いたように凛月は不思議そうにあたしを見た。夜の瞳。

「それでも、凛月が一人でいるのなら、あたしはどこへでも行くから。」
音楽室の静寂は、驚くほどだった。息を呑む音すら聞こえそうで、それはあたし達二人だけの存在をくっきりと輪郭を保って感じさせた。彼の掌の中のあたしの手から、温かさが伝われば良いと思った。願った。凛月は小さく口を開く。
「俺はあまり、良い性格じゃないから。欲しいと思ったら、容赦しないし、多分歯止めなんてきかないよ。」
「知ってるよ、そんなの。」
「秋姫は、普通の世界で生きられる人だよ。」
「そんなの。」
凛月がいない世界なんて、生きている価値もないじゃない。
その言葉が言えたかどうかは、覚えていない。最初は首元にチクリと針を刺すような痛みを感じて、徐々に意識が薄れていった。懐かしい匂いに包まれながら、あたしの血が、彼の糧になれば良いとぼんやり思った。

**

血を吸い終わると、秋姫は貧血だろうか、意識を失っていた。先程までの血色の良い頬の色も今はもう青白く、整った秋姫の顔はまるでよく出来た人形のようだ。
俺は全くもって善人と言えるような人種ではないから、欲しいと思ったものには遠慮などしない。否、出来ないというのが正しいのかもしれない。たとえそれが、秋姫を傷付けることになると知っていても、だ。

「馬鹿だねえ、秋姫。」
こんな俺に捕まるなんて、馬鹿だよ。

同じ血が流れていたらよかったのに




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