「…あっ。」

よりにもよって泣いている時に、そして、よりにもよってこの人に会ってしまうのか。
しゃがんでいた彼もあたしの顔を見て、「あ。」と小さく声を漏らした。同じ顔が6つもあるけれど、長年の付き合いであたしはもうすっかり見分けがつく。ボサついた髪に虚ろな視線、一松くんだ。一松くんは泣いていたあたしを見て一瞬ぎょっと目を大きくさせたけど、居心地悪そうに自分のビーチサンダルに視線を下ろした。

慌てて目を擦るけれども、涙はまたすぐに溢れ出した。昔からすぐに泣いてしまうところは治っていない。小さい頃はよくおそ松くんにからかわれたような気がする。あたしも人のこと言えないな。
涙を抑えようとすればするほど呼吸が苦しくなって、ひっ、とか変な声が漏れる。その度に一松くんは居心地悪そうに指を擦り合わせた。この状況は非常に気まずい。そんな時、一松くんの傍にいた猫が一匹あたしの足元にすり寄ってきた。

「…ねこ。」
一松くんの隣に同じようにしゃがんで頭を撫でると、ふにゃりと柔らかくて、何故か心からほっとした。猫は気持ちよさそうに体をよじらせ、更にすり寄ってくる。一松くんの方を見てみると、他にも何匹か猫がいて、どうやらここは彼が猫と戯れている穴場スポットらしい。

「沢山、いるね。」
「まあね。」
そういえば、彼の他の兄弟とはよく話したことはあるけれども、一松くんとこうして一体一で話すのはあまりない気がする。あたしは相変わらずまだ泣いていて、彼はそれを時々横目で見ては居心地悪そうに猫を撫でていた。

「…ここ、よく来るの。」
「ああ。」
「猫ちゃんいっぱいだね。」
「まあ、この辺りに住んでいる奴らだから。」
「こ、の子は名前あるの。」
「…ない。」
「…ほんとはありそう。」
「うるさい。」

あたしがいくらくだらない話や質問をしても、彼は居心地悪そうにしながらも必ず返してくれた。やがて話すこともなくなって、黙って二人で猫を撫で続けたけれども、不思議と嫌な沈黙ではなかった。猫の毛並みはつやつやと柔らかく、どこか陽だまりの匂いがする。初めあんなに抑えようとしても止まらなかったのに、いつの間にか涙は止まっていた。

ずっと猫に向けていた視線を隣の一松くんに向けると、彼の猫を撫でる表情は随分と優しかった。喉の奥がきゅうと詰まる。普段からその顔でいればいいのに、と思ったけれど言わないでいた。言えそうにもなかった。
あたしの涙が乾いても、一松くんは何を言うわけでもなく、ただ猫を撫で続ける。それで良いと思った。もう一度猫を撫でると不思議と心が落ち着く。彼は何を思って撫でているのだろう、とふと気になってしまった。

「…い、ち松くん。」
声が変に裏返ってしまって、あたしはやっぱり恰好がつかない。それでもおかまいなしに彼はいつもの調子で「なに。」と一言だけ返した。ああ、それでも漸くあたしを真っ直ぐ見てくれたね。

「また、ここに来てもいい?」

口をついた言葉は、自分でも予想外のものだった。それは彼も同じだったようで、一瞬驚いた表情を浮かべて、それからまたさっきみたいに猫に視線を移して答える。
「好きにすれば。」
もしまた、泣きたくなったときにはここに来て、思い切り猫を撫でよう。あたしが泣こうがおかまいなしの彼の隣で、懐かしい匂いがするこの場所で。もう一度隣の彼を盗み見る。あの頭を撫でる優しい手で触れられたらどんな心地なのだろう、と小さく思った。











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