思えば私は今まで、本当に幸せな世界で生きていたのだと思う。それこそ昔話に読んできたむかしむかしあるところにから始まる物語の世界だ。優しいお姫さまは王子さまと結ばれて、永遠に幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし。そのお決まりの言葉で締めくくられるような、そういった類のもの。がさりとポケットの中で包みをめくり、チョコレートを口にぽいと投げた。口に広がって、とろける。それこそこのチョコレートみたいな世界。甘い。

「隼、人。」
 声をかけようと名前を呼ぶも、途中でそれは私の喉の奥で止まった。私の幼馴染である隼人は中々に女子に人気がある。今も知らない違うクラスの女の子に話しかけられていて、思わずくるりと背を向けた。気が付けば隣に居た幼馴染だが、特にこんな時は妙に距離を感じてしまう。言葉は喉の奥にどろりと甘いチョコレートと共につっかえる。何だろうこれ。胸に手を当てる。小さい頃は知らなかった。

「由衣華?」
 うさみんに名前を呼ばれてはっとする。振り返ると心配そうに私の顔を伺っていた。どんな表情をしていたんだろう。「うさみん。」「どうしたの、」どうしたの。と聞かれて、何と答えれば良いのだろう。上手く言えず、ぼんやりとうさみんの顔を見ていたら目の奥がつんとした。あ、だめだ。泣きそう。
「…うさみんは。靖友のこと、すきだよね。」
 突然聞けば、「は、あ?!」といつものようにうさみんは慌てた。顔、赤い。「嫉妬、って。したことある?」呟けば、すとんと何かが私の胸の中に落ちてきた。ああ、私。

「すきって、どうして綺麗なだけじゃないんだろう。」

 キラキラしていた。甘いチョコレートみたいな世界、その結末はとびきり甘い。二人は結ばれて、永遠に幸せに暮らしました。私は幼い頃、こっそりそれを隼人と自分に重ねてみたりしていた。そしてその結末を、信じて疑わなかった。
「本当は、私。」だけど、ずっと、知っていた。気付いていた。そんな世界は、まやかしだ。おとぎ話の中だけであって、現実は違う。「お姫様は、嫉妬なんか、しないもの。」この醜い胸の中の焦燥を、きっと彼女は抱かない。最悪だ。許せなくて、だけどそれでも消えてなんかくれなかった。チョコレートの包みを剥いて口に入れたら、甘かった筈のそれは、口の中でじんわりと苦みが広がっていった。

「…由衣華が、嫉妬。」
「そんなに、珍しいかな。」
「うん。」
 あまりに真顔でうさみんが言うものだから、笑ってしまった。「…でも、新開には、由衣華しか、いないと思うんだけど。」そんなの。言いかけて、止まる。
「…幼馴染ってだけで、何にもないんだよ。ほんとう。」ただ偶然、偶然昔から知っているだけで、私と隼人には何もないんだから。隼人と結ばれるのは、別のお姫様かもしれない。そんなことを考えてしまう私はもう、物語のお姫様なんかじゃないんだ。うさみんは納得いかなそうな表情を浮かべていた。きっと彼女も夢見るお姫様なんだろう。「だいじょうぶ。」笑えば、少しほっとした表情を浮かべた。

 もう、夢見るお姫様のままではいられない。
 だけど、それでも。「由衣華。」私の名前を呼ぶ彼との、赤い糸がありますように。そう願わずにはいられないのだ。私を迎えにくる王子さまは、やっぱりどうしても隼人の顔が浮かんでしまう。顔を見ただけで、泣き出しそうになってしまった。もう目覚めなきゃいけないのは、分かっている。だけど、彼の作り出す世界で、私は眠っていたいのだ。ずっと、ずっと。最後のチョコレートを口に投げ入れた。味は、分からなかった。


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