昔から教室で好きな男子の話をするよりも外でソフトボールをしていたかったし、流行りのキラキラとした雑誌を読むよりも自転車や機械の構造を見ている方がわくわくした。「うさ美もさ、もう少し女子らしくしなよ。」よく言われ続けたことだ。納得いかないまま、友達に言われるがままにいわゆる世間一般の”女子”らしいことをしてみた。言葉遣いを直して、メイクをするようになって。すると周りの男子の態度が変わるものだから、驚きだ。何というか、こんなもの、なのか。思わず空に溜息を吐く。今日は友達の友達が紹介してほしがっているらしく、放課後に会う約束を取り付けられてしまった。

 まじまじと鏡を見てみると、何だか自分じゃないみたいだ。だけどどことなく違和感を覚える。世間一般の女子はこんなことを毎回しているのか、と考えると頭が痛い。何か、変だ。グロスをつけた唇はきらきら輝いているけれども、あたしには天ぷらを食べたあとにしか見えない。
 心が弾まない、と言ったら嘘だけれども、あたしにはどうも似合わない。指のマニキュアを見る。ピンク色のそれは自分の小さすぎる爪には相応しくないように思えた。女の子らしいことが嫌いなわけじゃない。だけどいざ自分で考えると、どうも恥ずかしい。

「オイ。」
 一番会いたくなかった奴に呼ばれてしまった。仕方なく振り返ると、彼は顔をしかめるものだからあたしも眉根を潜めた。
「なに。」「別にィ。」呼び止めたくせに、荒北はじろじろと見るだけで何も言ってこない。荒北に見られているだけで何だかすごく逃げ出したくなってしまって、あたしは更に捲し立てる。「なに、何か文句あんの。」随分可愛くない。

「ナァニ、メイクしてんの。」
「わ、わるい?」
「別にィ。何だよ、その口。天ぷらでも食ったんか。」
 やっぱり、あたしも天ぷら食べたあとみたいって思ったんだ。だけどそんなこと言えるはずもなく、思い切り睨んでやった。

「どーせ、似合いませんよーだ。」
「なに女子っぽいことしてんだヨ。」
「ふん、でも結構評判いいんだもん。今日だって紹介されに行くし、」
つい意地になって返せば、荒北は急に静かに「…フゥン。」と返した。突然態度が変わるものだから、あたしはうろたえてしまう。何であたしばかりこんなに振り回されなければいけないんだ。

「な、なに。」
「で、うさ美チャン行くわけ?」
「行くよ。」

 すると突然口を荒北のセーターの袖でごしごしと拭われた。「ったい!」すっかりグロスも落ちてしまい、ひりひりとする。久々に空気に触れる唇が呼吸をした。
「何すんの。」
「…うさ美チャンは行くのダメ。」
「は。」
「っせ、禁止だっつってんだヨ。」
 いまいち意味を分かっていないあたしに向かって、荒北は額を小突いた。じんわりと痛む。何でいちいち荒北の指示を受けなきゃいけないんだ。
「…あんたにそう言う資格、ないじゃん。」あたしの彼氏でも何でもないのに。あたしのこと好きでもなんでも、ないくせに。言葉を飲み込んで目の前の荒北を見る。交わる視線に、背中がきゅうと甘い音を発てた。荒北は暫く黙ってから、くるりと背中を返してすたすたと歩いていってしまう。

「どこ、行くの。」
「自主練。」
 振り返らずに答えるものだから、あたしはどうしてもその背中を追いかけたくなってしまうのだ。「隣いても、邪魔ならない?」すると荒北は歩みを止めて、漸く振り返るのだ。ぶっきらぼうに答える。「別にィ。」
 結局振り回されているのはあたしの方だ。「お前、そんなんより自転車見てる方が、すきじゃねーか。」彼の言葉はごもっともだったのだけども酷く負けた気がしてしまうのは、何故だろう。悔しくて悔しくて仕方がなくて、地面ばかりを見つめていた。「うん、すき。」そう言おうとしたけれども、それをとうとう口に出してしまえば、あたしはしゅるしゅると溶けてしまいそうだった。ちらりと見上げれば、荒北は二、三歩前を歩いている。


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