いつまでも子供でいられるわけではないことくらい、もう分かっている。永遠を信じるほどもう子供ではない。あたしも、きっと、彼も彼女も。

 困った。あたしの目の前にはガラの悪そう、否というか悪い輩が三人。「お、これから俺達とご飯でも食わねえ?」変に絡まれて苛ついて、つい変に口答えしてしまったがために更に状況は悪化してしまった。「生意気だなあ。」思い切り睨んでやると、腕を掴まれた。あたしの回し蹴りをお見舞いしてやろうかと思うけれども、さすがに男三人相手は分が悪い。さて、どうしたものか。
 どうしたものかと考えている反面、あたしは本当に危機を感じているわけではないのだ。実際状況は最悪以外の代わりはないのだが、心のどこかでは安心してしまっている部分がある。こんなことを言ったらあの幼馴染に危機感がない、だのと叱られてしまうだろうか。だけど、信じてしまっているのだ。

「で、あたしらの幼馴染に何か用?」
 その声が聞こえると、あたしはすっかりと信じ込んでしまっている。振り返るとすっかり馴染みの顔が二つ並んでいた。「なァに、やってんだボケ。」荒北はあたしの頭をぺちんと叩く。表情と言葉とは裏腹に随分優しいそれだった。高瀬はそんなやり取りを見てからぽんと頭に手をやる。「高瀬、」「うさ、ちょっと待ってな。」それからはもうあっという間だった。二人は息ぴったりに三人を蹴散らす。鮮やかな無駄のない動きに呆気にとられた。

「ふう、うさ怪我はない?」
「あ、りがと。」
「ほんっとに何やってんだ、バァカ。いい迷惑だ。」
 荒北を睨んでやると、高瀬は笑う。ふと二人を見ると、それぞれ小さく傷のようなものが付いている。「傷!!」叫べば、二人してそれがどうした、といった風に顔をしかめた。鞄からポーチを取り出し、消毒をする。

「ばかっ、無茶して。」
「はいはい、悪いって。」
「大体テメェのせいだろォ?うさ美チャン。」
 思わず図星で高瀬の手当てをしていた手が止まった。「…二人とも迷惑かけて、その、ごめん。」小さく漏らせば、高瀬は優しく撫でてくれた。昔からあたしの大好きなそれだ。「迷惑だと思ったこと、ないから。あいつも。」「…っせ、一緒にすんな。」いつの日だかの懐かしさが脳裏に過ぎり、不覚にも泣き出しそうになってしまった。あたしは、本当は。その言葉を飲み込むと、喉の奥が苦しくなった。この二人に敵うことはきっと、一生ないのだろう。ぼんやり考えては、再び二人の消毒をする。

「ん、終わり!」
「ありがと、うさ。」
「うさ美チャン。もっと綺麗に手当て出来ねえのかヨ。」
 ふと二人の腕を見ると、お世辞にも上手とは言えない手当てである。マネージャーとして練習をしたけれども、何度やってもあたしは手先が不器用だ。荒北の腕の緩いテープを貼り直す。彼に触れた指先が、熱かった。近い距離に戸惑い俯く。そんなあたしにお構いなしに荒北は「俺がやった方がまだマシだっつーの。」文句を垂れているものだから、その腕を叩いてやった。「いてエ!」

「あたしも喧嘩、割と強い方だけどな。」
「いーよ、うさは。あたし達がやるから。」
「高瀬、綺麗な、てぇしてるのに。」
 その手をとって掲げると、あたしなんかより長くしなやかな指が陽に照らされる。こんな綺麗な手なのに、そんなの勿体ない。高瀬は照れ臭そうに、「やめろよ。」なんてすぐ引っ込めてしまった。
「高瀬、本当に綺麗なのに。」
 呟きは消える。小さい頃、よく高瀬とお姫様の出てくるおとぎ話を読んでは二人で夢中になったものだ。懐かしさに目を細める。その物語のお姫様はみんなどれも綺麗で、あたしはお姫様、と聞くと昔から高瀬をイメージしてしまうのだ。天邪鬼で優しい、綺麗なお姫様。こんなこと言ったら、また怒られちゃうんだろうな。

「…高瀬もったいない…。」
「いーよ、あたしは。」
 そしてこのお決まりの台詞だ。いつもあたしの話ばかりで、高瀬は自分の話をあまりしたがらない。高瀬が寂しそうに笑うから、それ以上あたしは何も言えないのだ。あたしでは頼りないのだろうか。自分の不甲斐なさに溜息を吐いた。だけどそれでも、いつか高瀬が話してくれたら、あたしは一緒になって考えるんだ。いつも彼女があたしにそうしてくれているように。だって彼女は、本当に大切な存在だから。いつか、きけるといいな。

 夕焼けに影が、伸びる。「昔、影踏みしたね。」「あたしも思い出してた。」「じっと影見てから空見るやつだっけか?」「そうそれ。」地面に伸びる影は、昔のそれなんかよりもずっと、大きくなっていた。思わず後ろを振り返るけれど、そこには面影も何もない。
 瞳を瞑れば、まだ小さなあたし達がそこにはいる。笑い声、あたしの名前を呼ぶ声、それらは今でも鮮やかに聞こえる。否、それはもはや記憶の創造で本物ではないのかもしれないけれど。幼い聲に、あたしは耳をすますのだ。

「かえろう。」

 あたしの目の前には莫大な人生が残されていて、いつだって不安で逃げ出したくなる。永遠なんて、信じているほどもう子供じゃないし、叶うことより叶わないことの方が多い現実も、知っている。あたし達は着実に大人へとなっていっているのだ。不安なことは多いけれど、こうして二人といれるなら。隣を見れば馴染みの二つの顔が見える。ずっと、この距離にいられますように。神さまなんて信じていないし、本当に叶えてほしい願いほど叶わない世界だと知っているけれど、それでも、願わずにはいられないのだ。夕焼けが滲む。だけど神さま、あたしは本当は大人になんか、なりたくないんだ。ずっと何も知らない子供のまま。胸を焦がすこの想いの名も、本当は知りたくなんかなかった。


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