短く切った前髪に触れる風が、少し冷たい。久々に軽くなった頭に未だ慣れず違和感を覚えた。
折角髪を切昔のように切ったというのに、「うさ美チャンは。」高瀬に聞けば、体育の授業で熱を出して倒れたらしい。全く何をやっているんだあいつは、と眉間に皺を寄せた。昔から無理をする癖があるから面倒な奴である。保健室の前で暫し立ち止まってから扉に手をかければ、それは思ったより力が要った。

 保健室は少しぞっとする程の静寂だった。人の姿は見られず、進んでいくと一番奥のベッドにあいつは寝ていた。ベッドに横たわる彼女を見て、何というか、こんなに小さかったっけか、という印象が残る。こいつの身体はこんなに細くて小さくて、頼りなかっただろうか。熱にうなされているのか、苦しそうな表情を浮かべていた。布団から出ているその手を思わず掴む。あまりに小さくて、何というか、こんなんで生きていられるのか心配になってしまう程だ。馬鹿みてえ、と普段なら思うけど、そう思わずにはいられなかった。こいつが知らないうちにどこかでいなくなってしまうのが、純粋に嫌だと思った。

「…うさ美。」
 その瞳が開かれる。寝ぼけているのか、ぼんやりとしたまま俺を見た。あまりに真っ直ぐに見るもんだから居心地悪く、視線を逸らす。なんだこれ、きめえな。

「荒北。」呟きはか細く、震えていた。だけどもしっかりと聞こえる。その手を握れば、あまりにも小さく俺の掌に隠されてしまった。何というか、こいつも女子、なんだな。と馬鹿みたいなことをぼんやりと考えていた。

「…なあーに熱、だしてんだヨ。」額を小突くと、微かに熱い。返答はまったくその答えにはなっていなかった。「あらきた、髪。」
「…あー、これェ?」今更恥ずかしくなってきて、短い襟足に触れる。額に触れる風が、懐かしい。うさ美は相変わらずじっと見つめている。
「…俺、もう野球はできねえけど。」
「ん。」
 自転車で誰よりも速く、なってやる。そう言えば、うさ美は微かに笑った。それをとても懐かしい、と思った。暫く忘れていたけれども、思えばずっと傍にいた。

「なれる、よ。」
 そう言われると、本当にそんな気がしてしまうから不思議だ。もうすっかり夕方になっていて、カーテンの隙間から暖かいオレンジが差し込んで縁取る。

「自転車部入ったんだよね。」「おう。」「…荒北ずっとぐれてて、本当迷惑した。」「うっせエな。」
 それでもお前、ついてくんじゃん。そう言えば、うさ美は照れ臭そうに俯いて、一言漏らす。顔赤えな、こいつ。「…遅い、ばか。」
 ふ、と笑えば、胸に飛び込んできた。甘い、それでいて懐かしい匂いが霞む。あまりに突然のことで手のやり場に困りながらも、その細い肩に置く。小せえ。するとうさ美が嬉しそうに笑った。どこかで聞こえる騒がしい鼓動は、気のせいだと思うことにする。

「…おかえり、靖友。」




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